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「朝鮮問題へのレッスン」5.朝鮮建国準備委員会

5.朝鮮建国準備委員会


 朝鮮総督府の首脳部が、日本の敗戦(ポツダム宣言の受諾)を知るのは8月10日午後、日本の短波放送と平安道監察官からの報告によってであった。

 総督府と朝鮮軍の幹部たちは、ソ連軍の進攻、ソ連軍の朝鮮半島制圧、ソ連軍に降伏することを何よりも恐れていた。

 そのソ連軍の部隊は11日、すでに北部朝鮮に進攻していた。

 覚悟を決めた総督府は、地域の事実を知らせる警務局長名の暗号電報を、14日の深夜までに各道の知事宛てに打った。(秩序維持のために)

 同日夜、総督府の遠藤柳作政務総監(実質、副総督)が、呂運亭に翌15日朝の8時からの会談を申し入れた。

 遠藤政務総監は、呂運亭に対して「すくなくとも17日の午後2時頃までには」ソ連軍がソウルに入るだろうから、朝鮮人による朝鮮全土の治安維持を依頼した。

 呂運亭(1886-1947)は、戦前から朝鮮人民の信望を得ていた人物で、上海で朝鮮人亡命政府「上海臨時政府」(1919年4月)を組織し、朝鮮の独立を主張してモスクワの極東人民代表者大会(1921年11月)に朝鮮代表団の一人として出席、中国の孫文や蒋介石らとも親交をもちつつ、反日闘争をすすめていた。

 1927年から3年間の服役後、「中央日報」を経営しながら反日の健筆をふるい、多くの愛国者や青年層らの支持を受けていた。44年8月には秘密結社の「朝鮮建国同盟」を組織するなど、左派系の民族主義者であった。

 総督府は、ソ連軍の朝鮮半島占領を恐れていて、朝鮮人で左派の呂運亭が秩序維持のトップであれば、その圧力も和らぐだろうと考え彼に声を掛けたのだ。

 総督府の要請を快諾した呂運亭は、15日のうちに「朝鮮建国準備委員会」(建準)を発足させた。

 16日午後には、ソウル中央放送局から全朝鮮人民ら向けて「建準」の結成と、それへの結集の第一声を出した。

 22日には1局12部編成の組織へと拡大させている。このように組織が瞬く間に朝鮮全土へと拡大したのは、44年の「朝鮮建国同盟」が母体となっていたからであろう。

 解放後、最初に朝鮮人自身の手によって組織された建準は、朝鮮人たちに大きな期待と希望を抱かせつつ、次第に政治組織活動を展開していくようになった。

 時間と共に、総督府の思惑から外れていった建準の活動は、事実上、朝鮮の「政府」的役割まで果たすようになっていった。

 米軍進駐直前の9月6日、ソウルの京畿高等女学の講堂に1000余名の全国人民代表者大会を開催し、民主主義的人民政府の「朝鮮人民共和国」の建国を採択した。

 このように建国宣言を急いだのは、朝鮮人民の最高機関は総督府ではなく建準であることを、米軍に誇示する必要があったからである。

 この頃、総督府が反動的な植民地行政機構を維持し、それを強力に推進していた現実が
一方であったからでもある。

 結局、建準および朝鮮人民たちの声は、米占領軍幹部たちには聞き届けられなかった。

 9月8日、ホッジ中将率いる米第24軍が仁川から上陸したときに、建準側代表者たちが呂運亭委員長の歓迎メッセージを渡そうとしたが、ホッジは彼らに会うことすらしなかった。

 代わりに総督府幹部たちの出迎えだけを受けていた。

 上陸以前に総督府と交わしていた無線連絡の内容を、ホッジは信じていたのだ。

 朝鮮総督府の植民地統治機構(親日派の活用も)をそのまま引き継いだ米軍は、それを「米軍政庁」(9月11日)と宣布して占領政策を始めた。

 ホッジは、「米軍政庁」は南朝鮮唯一の「政権」だと豪語して、建準や朝鮮人民共和国を否認し、弾圧を続けていった。

 建準内部の対立もあったりして、10月7日には解散を決定している。

 米軍政の態度は、朝鮮人民には「解放民族」として接したのではなく、占領者として君臨する政策を続け、傲慢な態度は朝鮮をまるで「敗戦国」のように考え、朝鮮の独立を考える度量など少しも持っていなかった。

 最後に建準の綱領と人民共和国の政綱を掲げる。

 双方とも、自主独立にかける朝鮮人民の強い意思がよみとれる。

*朝鮮建国準備委員会の綱領(45年8月28日発表)
―われわれは、安全な独立国家の建設を期す
―われわれは、全民族の政治的・経済的・社会的要求を実現しうる民主主義政権の樹立を期す
―われわれは、一時的過渡期にあって国内秩序を自主的に維持し大衆生活の確保を期す

*朝鮮人民共和国の政綱(45年9月15日、樹立宣言)
1 われわれは、政治的・経済的に安全な民主独立国家の建設を期す
2 われわれは、日本帝国主義と封建残滓勢力を一掃し、全民族の政治的、社会的基本要求を実践しつつ真正な民主主義に忠実になることを期す(注 当面の目標をブルジョア民主主義革命としている)
3 われわれは、労働者農民およびその他いっさいの大衆生活の急進的向上を期す
4 われわれは、世界民主主義諸国の一員として相互提携し、世界平和の確立を期す


                                       2013年11月6日 記

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