「マレーシア・クアラルンプール国際空港の不可解な事件」
「マレーシア・クアラルンプール国際空港の不可解な事件」
1.3つの疑問点
2月13日午前9時頃、マレーシアのクアラルンプール国際空港で、朝鮮国籍の男性が死亡した。翌14日深夜、マレーシア警察が「事件」について発表。朝鮮国籍の外交旅券を所持している「キム・チョル」という男性が、空港で体調異変を訴え、病院へ搬送中に心臓発作で死亡したことが伝えられた。
死亡した男性が、「金正男」氏とも、毒殺であったことも発表していない。
(疑問1)
韓国メディアはマレーシア警察の発表よりも早い時間の14日夜、死亡したのは金正男氏で、朝鮮の工作員とおぼしき2人の女性によって毒針で刺されたと一斉に報じた。
なぜ、韓国メディアはマレーシア警察よりも早く、しかも、事件の仔細な内容の第一報を報道できたのか。その裏には、マレーシア側が、朝鮮大使館よりも先に韓国大使館に連絡し、最初にマレーシア駐在の韓国情報機関関係者が遺体と対面、金正男氏であることを確認した後、米国と日本に通報した経緯が隠されていた。
マレーシア側の事件通報の最初が、朝鮮ではなく韓国であったのが不可解である。
(疑問2)
その後、マレーシア警察は死亡した男性がパスポート記載通りの「キム・チョル」で、キム・チョル氏はベトナム国籍とインドネシア国籍の2人の女性によって毒殺されたと発表。また、朝鮮国籍の容疑者8人のうち、4人が秘密警察の国家保衛省、2人が外務省にそれぞれ所属しているとした。4人は事件直後に平壌に向かったとして、犯行そのものは朝鮮の国家保衛省による国家ぐるみの犯罪であることを示唆。それ以降の発表内容や報道は、朝鮮犯行説が前提となっている。
2月20日前後になると、マレーシア警察は、実行犯の女性2人は3ヵ月ほど前に朝鮮国籍の重要参考人の1人、リ・ジウ(別名、ジェームス)に「いたずらビデオ撮影」のために勧誘されたのだと発表した。ところがマレーシア警察は、2人の女性が韓国と日本に行ったことについては口を閉ざしている。
2月23日付けの朝日新聞は、ベトナム女性の友人に取材をした結果として、歓誘した男性と彼女が「韓国の済州島に行く」と話していたことを報道。また、2月20日付けの産経新聞は、インドネシア女性の家族の話として、彼女が日本に渡航したことなどを伝えている。
朝鮮の工作員が日本や韓国に入国しようとしても、入国の段階で逮捕されてしまう現実を無視している(日本は入国禁止)。朝鮮の工作員が日本や韓国に入国したとする話(偽造パスポートを使用したとしても)は、どのように考えても納得できない(韓国の人間なら入国に障害はないだろう)。
(疑問3)
マレーシアのカリド警察長官は2月24日、容疑者の女性が液状の猛毒VXクリームをオイルに混ぜて素手で被害者に塗った可能性があると発表した。キム・チョル氏の死因を、心臓発作から、猛毒のVXだと変更したのだ。
ではなぜ、サリンガスの10倍といわれる猛毒VXを素手で扱った女性に被害はない上、死亡男性と接触した人たちの中からも1人の死傷者も出なかったのか(使用されたのがVXガスかどうかも疑問だが)。しかも、VXだということを、韓国のメディア各社がマレーシア警察発表より1週間以上も前の16日に報道していたことも大きな疑問である。
洪水のように流れる報道を前にして、幾つもの疑問、矛盾、問題点などを感じてはいたが、その多くは韓国発の情報であった。常に韓国情報機関による事件内容の発表が先行し、マレーシア側がその発表内容を追いかけて捜査している、といった印象を受けた。
2.強固になった日米韓連携
韓国政府は2月16日、長官級会議を開き、事件を朝鮮の犯行と断定、朝鮮の暴発と脅威を警戒して高高度ミサイル防衛システムの早期配備を承認した(米軍は3月上旬、部品の一部を搬送し、既成事実を作り上げようとしていた)。一方、トランプ米政権は、マレーシア側が事件にVXが使用されたと発表した直後の2月24日、朝鮮外務省の崔善姫(チェ・ソンヒ)米州局長が申請していた入国ビザ発給を認めず、ニューヨークでの朝米非公式対話を流会にしてしまった。
朝鮮側は1月半ばに入国ビザ発給を申請し、3月1日からの専門家会談(民間)に備えていた。米側も、トランプ新政権に対する朝鮮の姿勢を知る好機と判断、2月13日の事件発生後も対話の方針を維持していた(ビザ発給に支障はないとして手続きに入っていた)。しかし、24日に化学兵器にも使用されるVXガスが使用されたと発表された直後、ビザ発給の不許可を決めている。韓米の情報機関の思惑どおりに、トランプ政権は動き、対朝鮮政策を強硬路線に仕向けた瞬間である。
さらに、3月1日から始まった米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」を、史上最大規模に格上げして、戦略爆撃機B1Bをはじめとする米最新鋭兵器を動員し、朝鮮に対する脅威の精度を上げている。また、朝鮮核問題をめぐる6カ国協議の日本、米国、韓国首席代表は2月27日、ワシントンで会合を開き、対朝鮮問題での意見交換を行った。その席上、トランプ政権が米独自の金融制裁などを行う「テロ支援国家」に、朝鮮を再指定する検討を始めたことを日韓両国に伝達した。トランプ政権が、「テロ支援国家」再指定を含めた対朝鮮政策の練り直しに着手していることをアピールしたのだ。トランプ大統領自身、朝鮮はアジア地域の安全保障にとっての「直接の脅威」だとして、強い国際的圧力が必要だとの認識を持ち、日米韓3カ国による強い連携を求め、アジア地域の安全保障に力を入れることを表明するようになった。このような強硬政策への転換は、すべて情報機関からのサゼスチョンによる。
日本は、事件当初から、「死んだのは金正男氏で、事件の主犯は北朝鮮」との立場で、韓国と米国の情報機関に、金正男氏の顔写真、指紋、DNAをはじめ、身元確認作業の協力をしていた。このように事件の捜査、情報提供、事件の捜査結果発表、報道内容など、マレーシア側をしのいで、日米韓3か国同盟の連携プレーは、見事なまでに行われていた。
3.韓国国家情報院の焦り
今回のマレーシア事件では、マレーシア側の最初の事件通報、初動捜査以降、ずっと韓国情報機関が関与している(関与しえいることが表面化しないよう気を遣っていたようだが)。そのことは事件当初から韓国の国家情報院(国情院)発表が、マレーシア側より先行していたことでわかる。死亡した男性が「金正男」氏であること、死亡原因が猛毒VXであること、事件は朝鮮による国家ぐるみの犯行と断定したことなど、事件の骨格をなす部分のすべては、断定した韓国発信が先行していた。それでも朴槿恵政権の危機を救えないと焦った国情院は、いち早く朝鮮がVXを使用したと公表して、朝鮮の国連加盟国としての権利を停止にすべきだと国内外に呼び掛けた。
では、事件当時の韓国社会はどのような状況であったのか。朴槿恵大統領の罷免、弾劾をめぐり、大きく揺れていた。昨年10月以降、大統領の退陣を要求する世論が強くなり、保守支持層が危機感を募らせていた時期である。すでに死に体となっている朴政権を見て、大統領選ともなれば野党候補が有利であるとの情勢にもっとも焦ったのは国情院であっただろう。
弾劾問題の耳目を他に外す必要がある。そのために国情院にできることは唯一つ。「北朝鮮脅威論」を作り出すことである。朝鮮犯行の大型謀略事件を創作する必要を迫られていたのではないか。一般に、国際的な事件では、「その事件で得をした者を疑え」とする鉄則がある。そこから探っていくと、今回の事件によって新たな「北朝鮮脅威論」(仮想敵)を作り上げた日米韓の3国体制がより固く連携を強め、アジア地域の安全保障への軍事力を強化することで合意した事実が浮かび上がる。それによって軍産複合体の既得権益を守ったことが、もっとも大きな成果だと事件の主犯たちは、ほくそ笑んでいるのではないか。
4.マレーシア首相の発言
韓国が流していた「金正男」暗殺説。
金正恩党委員長の「危険分子の除去」作戦を、国家保衛省が最大限の忠誠心を「誇示」した事件だと、日米韓が分析し解説していた。日米韓の推理は正しいのだろうか。
「キム・チョル」名のパスポートは、昨年11月中旬に再発行されている。パスポートを受け取るには、本人が平壌か北京の大使館に出向く必要がある。本当に「除去」作戦があったとすれば、パスポートを取りに来た平壌か北京大使館で殺害した方が、自国内であったから誰にも騒がれずに済んだはずだ。それなのに何故、衆人環境で防犯カメラが多くある国際空港で犯行が行われたのか。これはまるで、全世界に犯行を見せつけようとして、空港が選ばれたとしか思えない。
また、金正男氏がはたして、朝鮮や金正恩氏にとって危険人物と言えるのか。金正男氏は数年前から、複数の日本人ジャーナリストらに、平壌に帰る意思もなく政治にも興味はないと語っていた。彼が危険人物には思えない。
さらに、金正恩体制が盤石であるという点も見逃してはならない。朝鮮はいま、米国をはじめとする帝国主義陣営に対して、軍民一致の精神で、核対決に向かっている。そのような時に、体制内部に対立点や弱点はあってはならない。事件を起こした側は、金正恩体制が不安定で、何をするかわからない凶暴な性格とのイメージを世界に拡散させようとしたのではないか。
そのことをさらに強調するためか、3月中旬に金正男氏の子息の「キム・ハンソル」氏のビデオメッセージを流した。ビデオは事件直後に撮影されたようで、そのことにオーストラリア、中国、米国ともうひとつの国(多分、韓国であろう)の4カ国が協力したとしている(ハンソル氏は米国に一時保護されたかもしれない)。 問題は、ビデオの映像が放映される以前に、さかんに「第2の暗殺」説が流されていたことにある。それが狙いだったのだろう。マレーシア側がDNA鑑定のため家族の協力を呼び掛けていた時期でもあり、災いを断ち切るという儒教的精神風土観から、子息のハンソル氏の殺害もあり得るのだとして、朝鮮の犯行説を補強しようとしたとしか考えられない。
また、最後になるが、マレーシア首相の「朝鮮との国交断絶は行わない」との一言がこの事件の真実を物語っているのではないか。その点に注目したい。
事件の内容が発表されるたび、マレーシアと朝鮮の両国は、大使の召還・追放、大使館員家族たちの出国禁止、ノービザ特権の廃止など、冷えた関係が続いていた。韓国は、国交断絶まで進むだろうとの観測情報まで流していた時だけに、マレーシア首相の「(北朝鮮との)国交断絶は行わない」との発言で、事件は謀略事件であったとの確信を持った。
5.追記
この原稿は3月25日に書き終わっていた。
同日、マレーシア入りした朝鮮の第2次代表団が、マレーシアと非公式協議を行っているとのニュースがあった。交渉の結果などを、マレーシアのナジブ首相が27日にも発表するというので、その情報を待った。しかし、情報が錯綜している。
正男氏の遺体は26日、安置先のクアラルンプールの病院から別の施設に移された、否、まだ病院内だとか。遺体はすでに火葬された、否、まだ遺体のままであるとか。また、マレーシアの捜査員4人が26日、朝鮮大使館に入り、3人の容疑者に事情聴取した模様だとか――、不確定情報が錯綜している。
ナジブ首相の発表や、マレーシア側からの公式な反応は27日夜、まだ何も示されていない(途中で、韓国情報機関が割り込み、交渉を難しくしているのかもしれない)。
いずれにしても、難しい2国間協議であるのは事実だ。だが、協議が続行していることに意味がある。
それを見守りたいと思う。
2017年3月28日 記
1.3つの疑問点
2月13日午前9時頃、マレーシアのクアラルンプール国際空港で、朝鮮国籍の男性が死亡した。翌14日深夜、マレーシア警察が「事件」について発表。朝鮮国籍の外交旅券を所持している「キム・チョル」という男性が、空港で体調異変を訴え、病院へ搬送中に心臓発作で死亡したことが伝えられた。
死亡した男性が、「金正男」氏とも、毒殺であったことも発表していない。
(疑問1)
韓国メディアはマレーシア警察の発表よりも早い時間の14日夜、死亡したのは金正男氏で、朝鮮の工作員とおぼしき2人の女性によって毒針で刺されたと一斉に報じた。
なぜ、韓国メディアはマレーシア警察よりも早く、しかも、事件の仔細な内容の第一報を報道できたのか。その裏には、マレーシア側が、朝鮮大使館よりも先に韓国大使館に連絡し、最初にマレーシア駐在の韓国情報機関関係者が遺体と対面、金正男氏であることを確認した後、米国と日本に通報した経緯が隠されていた。
マレーシア側の事件通報の最初が、朝鮮ではなく韓国であったのが不可解である。
(疑問2)
その後、マレーシア警察は死亡した男性がパスポート記載通りの「キム・チョル」で、キム・チョル氏はベトナム国籍とインドネシア国籍の2人の女性によって毒殺されたと発表。また、朝鮮国籍の容疑者8人のうち、4人が秘密警察の国家保衛省、2人が外務省にそれぞれ所属しているとした。4人は事件直後に平壌に向かったとして、犯行そのものは朝鮮の国家保衛省による国家ぐるみの犯罪であることを示唆。それ以降の発表内容や報道は、朝鮮犯行説が前提となっている。
2月20日前後になると、マレーシア警察は、実行犯の女性2人は3ヵ月ほど前に朝鮮国籍の重要参考人の1人、リ・ジウ(別名、ジェームス)に「いたずらビデオ撮影」のために勧誘されたのだと発表した。ところがマレーシア警察は、2人の女性が韓国と日本に行ったことについては口を閉ざしている。
2月23日付けの朝日新聞は、ベトナム女性の友人に取材をした結果として、歓誘した男性と彼女が「韓国の済州島に行く」と話していたことを報道。また、2月20日付けの産経新聞は、インドネシア女性の家族の話として、彼女が日本に渡航したことなどを伝えている。
朝鮮の工作員が日本や韓国に入国しようとしても、入国の段階で逮捕されてしまう現実を無視している(日本は入国禁止)。朝鮮の工作員が日本や韓国に入国したとする話(偽造パスポートを使用したとしても)は、どのように考えても納得できない(韓国の人間なら入国に障害はないだろう)。
(疑問3)
マレーシアのカリド警察長官は2月24日、容疑者の女性が液状の猛毒VXクリームをオイルに混ぜて素手で被害者に塗った可能性があると発表した。キム・チョル氏の死因を、心臓発作から、猛毒のVXだと変更したのだ。
ではなぜ、サリンガスの10倍といわれる猛毒VXを素手で扱った女性に被害はない上、死亡男性と接触した人たちの中からも1人の死傷者も出なかったのか(使用されたのがVXガスかどうかも疑問だが)。しかも、VXだということを、韓国のメディア各社がマレーシア警察発表より1週間以上も前の16日に報道していたことも大きな疑問である。
洪水のように流れる報道を前にして、幾つもの疑問、矛盾、問題点などを感じてはいたが、その多くは韓国発の情報であった。常に韓国情報機関による事件内容の発表が先行し、マレーシア側がその発表内容を追いかけて捜査している、といった印象を受けた。
2.強固になった日米韓連携
韓国政府は2月16日、長官級会議を開き、事件を朝鮮の犯行と断定、朝鮮の暴発と脅威を警戒して高高度ミサイル防衛システムの早期配備を承認した(米軍は3月上旬、部品の一部を搬送し、既成事実を作り上げようとしていた)。一方、トランプ米政権は、マレーシア側が事件にVXが使用されたと発表した直後の2月24日、朝鮮外務省の崔善姫(チェ・ソンヒ)米州局長が申請していた入国ビザ発給を認めず、ニューヨークでの朝米非公式対話を流会にしてしまった。
朝鮮側は1月半ばに入国ビザ発給を申請し、3月1日からの専門家会談(民間)に備えていた。米側も、トランプ新政権に対する朝鮮の姿勢を知る好機と判断、2月13日の事件発生後も対話の方針を維持していた(ビザ発給に支障はないとして手続きに入っていた)。しかし、24日に化学兵器にも使用されるVXガスが使用されたと発表された直後、ビザ発給の不許可を決めている。韓米の情報機関の思惑どおりに、トランプ政権は動き、対朝鮮政策を強硬路線に仕向けた瞬間である。
さらに、3月1日から始まった米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」を、史上最大規模に格上げして、戦略爆撃機B1Bをはじめとする米最新鋭兵器を動員し、朝鮮に対する脅威の精度を上げている。また、朝鮮核問題をめぐる6カ国協議の日本、米国、韓国首席代表は2月27日、ワシントンで会合を開き、対朝鮮問題での意見交換を行った。その席上、トランプ政権が米独自の金融制裁などを行う「テロ支援国家」に、朝鮮を再指定する検討を始めたことを日韓両国に伝達した。トランプ政権が、「テロ支援国家」再指定を含めた対朝鮮政策の練り直しに着手していることをアピールしたのだ。トランプ大統領自身、朝鮮はアジア地域の安全保障にとっての「直接の脅威」だとして、強い国際的圧力が必要だとの認識を持ち、日米韓3カ国による強い連携を求め、アジア地域の安全保障に力を入れることを表明するようになった。このような強硬政策への転換は、すべて情報機関からのサゼスチョンによる。
日本は、事件当初から、「死んだのは金正男氏で、事件の主犯は北朝鮮」との立場で、韓国と米国の情報機関に、金正男氏の顔写真、指紋、DNAをはじめ、身元確認作業の協力をしていた。このように事件の捜査、情報提供、事件の捜査結果発表、報道内容など、マレーシア側をしのいで、日米韓3か国同盟の連携プレーは、見事なまでに行われていた。
3.韓国国家情報院の焦り
今回のマレーシア事件では、マレーシア側の最初の事件通報、初動捜査以降、ずっと韓国情報機関が関与している(関与しえいることが表面化しないよう気を遣っていたようだが)。そのことは事件当初から韓国の国家情報院(国情院)発表が、マレーシア側より先行していたことでわかる。死亡した男性が「金正男」氏であること、死亡原因が猛毒VXであること、事件は朝鮮による国家ぐるみの犯行と断定したことなど、事件の骨格をなす部分のすべては、断定した韓国発信が先行していた。それでも朴槿恵政権の危機を救えないと焦った国情院は、いち早く朝鮮がVXを使用したと公表して、朝鮮の国連加盟国としての権利を停止にすべきだと国内外に呼び掛けた。
では、事件当時の韓国社会はどのような状況であったのか。朴槿恵大統領の罷免、弾劾をめぐり、大きく揺れていた。昨年10月以降、大統領の退陣を要求する世論が強くなり、保守支持層が危機感を募らせていた時期である。すでに死に体となっている朴政権を見て、大統領選ともなれば野党候補が有利であるとの情勢にもっとも焦ったのは国情院であっただろう。
弾劾問題の耳目を他に外す必要がある。そのために国情院にできることは唯一つ。「北朝鮮脅威論」を作り出すことである。朝鮮犯行の大型謀略事件を創作する必要を迫られていたのではないか。一般に、国際的な事件では、「その事件で得をした者を疑え」とする鉄則がある。そこから探っていくと、今回の事件によって新たな「北朝鮮脅威論」(仮想敵)を作り上げた日米韓の3国体制がより固く連携を強め、アジア地域の安全保障への軍事力を強化することで合意した事実が浮かび上がる。それによって軍産複合体の既得権益を守ったことが、もっとも大きな成果だと事件の主犯たちは、ほくそ笑んでいるのではないか。
4.マレーシア首相の発言
韓国が流していた「金正男」暗殺説。
金正恩党委員長の「危険分子の除去」作戦を、国家保衛省が最大限の忠誠心を「誇示」した事件だと、日米韓が分析し解説していた。日米韓の推理は正しいのだろうか。
「キム・チョル」名のパスポートは、昨年11月中旬に再発行されている。パスポートを受け取るには、本人が平壌か北京の大使館に出向く必要がある。本当に「除去」作戦があったとすれば、パスポートを取りに来た平壌か北京大使館で殺害した方が、自国内であったから誰にも騒がれずに済んだはずだ。それなのに何故、衆人環境で防犯カメラが多くある国際空港で犯行が行われたのか。これはまるで、全世界に犯行を見せつけようとして、空港が選ばれたとしか思えない。
また、金正男氏がはたして、朝鮮や金正恩氏にとって危険人物と言えるのか。金正男氏は数年前から、複数の日本人ジャーナリストらに、平壌に帰る意思もなく政治にも興味はないと語っていた。彼が危険人物には思えない。
さらに、金正恩体制が盤石であるという点も見逃してはならない。朝鮮はいま、米国をはじめとする帝国主義陣営に対して、軍民一致の精神で、核対決に向かっている。そのような時に、体制内部に対立点や弱点はあってはならない。事件を起こした側は、金正恩体制が不安定で、何をするかわからない凶暴な性格とのイメージを世界に拡散させようとしたのではないか。
そのことをさらに強調するためか、3月中旬に金正男氏の子息の「キム・ハンソル」氏のビデオメッセージを流した。ビデオは事件直後に撮影されたようで、そのことにオーストラリア、中国、米国ともうひとつの国(多分、韓国であろう)の4カ国が協力したとしている(ハンソル氏は米国に一時保護されたかもしれない)。 問題は、ビデオの映像が放映される以前に、さかんに「第2の暗殺」説が流されていたことにある。それが狙いだったのだろう。マレーシア側がDNA鑑定のため家族の協力を呼び掛けていた時期でもあり、災いを断ち切るという儒教的精神風土観から、子息のハンソル氏の殺害もあり得るのだとして、朝鮮の犯行説を補強しようとしたとしか考えられない。
また、最後になるが、マレーシア首相の「朝鮮との国交断絶は行わない」との一言がこの事件の真実を物語っているのではないか。その点に注目したい。
事件の内容が発表されるたび、マレーシアと朝鮮の両国は、大使の召還・追放、大使館員家族たちの出国禁止、ノービザ特権の廃止など、冷えた関係が続いていた。韓国は、国交断絶まで進むだろうとの観測情報まで流していた時だけに、マレーシア首相の「(北朝鮮との)国交断絶は行わない」との発言で、事件は謀略事件であったとの確信を持った。
5.追記
この原稿は3月25日に書き終わっていた。
同日、マレーシア入りした朝鮮の第2次代表団が、マレーシアと非公式協議を行っているとのニュースがあった。交渉の結果などを、マレーシアのナジブ首相が27日にも発表するというので、その情報を待った。しかし、情報が錯綜している。
正男氏の遺体は26日、安置先のクアラルンプールの病院から別の施設に移された、否、まだ病院内だとか。遺体はすでに火葬された、否、まだ遺体のままであるとか。また、マレーシアの捜査員4人が26日、朝鮮大使館に入り、3人の容疑者に事情聴取した模様だとか――、不確定情報が錯綜している。
ナジブ首相の発表や、マレーシア側からの公式な反応は27日夜、まだ何も示されていない(途中で、韓国情報機関が割り込み、交渉を難しくしているのかもしれない)。
いずれにしても、難しい2国間協議であるのは事実だ。だが、協議が続行していることに意味がある。
それを見守りたいと思う。
2017年3月28日 記
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