「南朝鮮総選挙から、社会潮流を読む」
「南朝鮮総選挙から、社会潮流を読む」
1.
13日に投開票された南朝鮮の総選挙で、与党セヌリ党が大敗し、少数与党に転落した。
セヌリ党が勝敗ラインとしていた過半数(定数300)を大きく割り、さらに第1党からも転落するという惨敗となった。
改選前の146議席から122議席。
野党の「共に民主党」は改選前の102議席から123議席となり、第1党となった。
野党第2党の「国民の党」は20議席から38議席と、野党がそれぞれ勢力を大幅に伸ばした。
この結果を受けて、セヌリ党の金武星代表は14日、「政治はただ、国民だけを見て、国民だけを恐れなければならないという事実を忘れていたために起きたことだ」と総括し、辞任した。
選挙前、与党内では「親朴」系と「非朴」系が対立しており、野党も分裂して選挙協力ができなかったために、選挙戦は政策論争よりも、感情的な個人対立となり、結果は、与党セヌリ党が過半数を占めるのではないかと予想されていた。
そうした政界、マスメディア、保守層などの「選挙プロ」たちの読みは、見事に外れてしまった。
彼らは早速、与党が敗北した理由をあれこれあげつらい、今後の政局を占っている。
彼らが問題にしているのは、日韓両政府が合意した慰安婦問題の内容、朴槿恵大統領の強権的(独善的)な政権運営、経済政策の失敗(若年層の失業率増大)、安保政策の不安定――を挙げている。
2.
低調な選挙戦にも関わらず、投票率は58%と、前回2012年の54.2%を上回っている。
それは、30~40歳代の若年、中年層が、低成長経済政策と失業率が回復しない現状、南朝鮮社会内にはびこる右派保守層による政治の流れに反発し、南朝鮮の未来社会を開こうとした行動の結果が反映したのだと考えている。
彼ら中世代が考えている未来社会とは、まだしっかりとしたまとまり(勢力)とはなっていないものの、反朴、反保守政治を形成している。
たとえば、現代自動車のある蔚山北区では、労組員で無所属候補が、蔚山東区では、「鄭夢準共和国」(現代重工業の創業者一族の名を冠している)の候補者が、ともにセヌリ党候補を破って当選している。
また、朴槿恵大統領の政治地盤の大邸で、「共に民主党」候補が、与党セヌリ党候補に大差をつけて当選したほか、無所属と「非朴」候補たちが共にセヌリ党候補に勝利している。
さらに釜山でも、「共に民主党」の5候補がセヌリ党候補に勝利した。
以上のように、与党セヌリ党(親朴槿恵派)の牙城(保守層の地盤)の大邸と慶尚道での敗北は、現政権にとっては大打撃となり、今後の政治的影響力の低下は避けられないだろう。
しかも、労組員や旧統合進歩党出身候補者らと、彼らを支える民主勢力人士たちに対して、執拗に「従北左派」のレッテルを貼って、対北脅威論を作り上げてきた結果の、与党敗北であったと言える。
3.
朴槿恵政権及び保守派は、政権が推進する同族対決と戦争策動に反対する野党や左派各階層を「従北」勢力に仕立てて、極端な「北脅威」政治を演出し、喧伝してきた。
その結果、金剛山観光事業の中止、開城工業団地の閉鎖、離散家族の再開事業交渉の拒否など、わずかに開いていた南北間の交流窓口のすべてを閉じてしまった。
みずから北との敵対状況を作り出しておきながら、「北脅威」論を吹聴している。
さらに選挙末期に、中国で営業していた共和国レストランの従業員13人を、「脱北入韓」をアピールするため、白昼に誘引し、連行した。
こうした意図的な反北朝鮮謀略シナリオは、3年間の経済失政、無策を隠すためで、選挙直前から「北脅威」論を振りかざし、政権を批判する勢力に口封じを行ってきた。
だが、そうした陰謀的な選挙戦は完全に敗北した。
これは、南朝鮮社会内にひそかに流れている南北交流意識が、噴出した結果だったと言えるだろう。
同族対決政治を実行してきた朴政権の政策が、拒否されたことを証明している。
朴政権は、北脅威論を喧伝するあまり、米国のTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)の在韓米軍の配備に向けた協議を受け入れてしまった。
このことで今後は、対中国、対アジア地域全体の安保問題を不安定にし、共和国との関係も揺るがしていくだろう。
朴槿恵政権のレームダック化と、朝鮮史上におけるマイナス評価は避けられないだろう。
そのマイナス評価を避けたいと思うなら、できることはただ一つである。
夏の米韓合同軍事演習を中止することと、共和国との対話を再開することである。
2016年4月16日 記
1.
13日に投開票された南朝鮮の総選挙で、与党セヌリ党が大敗し、少数与党に転落した。
セヌリ党が勝敗ラインとしていた過半数(定数300)を大きく割り、さらに第1党からも転落するという惨敗となった。
改選前の146議席から122議席。
野党の「共に民主党」は改選前の102議席から123議席となり、第1党となった。
野党第2党の「国民の党」は20議席から38議席と、野党がそれぞれ勢力を大幅に伸ばした。
この結果を受けて、セヌリ党の金武星代表は14日、「政治はただ、国民だけを見て、国民だけを恐れなければならないという事実を忘れていたために起きたことだ」と総括し、辞任した。
選挙前、与党内では「親朴」系と「非朴」系が対立しており、野党も分裂して選挙協力ができなかったために、選挙戦は政策論争よりも、感情的な個人対立となり、結果は、与党セヌリ党が過半数を占めるのではないかと予想されていた。
そうした政界、マスメディア、保守層などの「選挙プロ」たちの読みは、見事に外れてしまった。
彼らは早速、与党が敗北した理由をあれこれあげつらい、今後の政局を占っている。
彼らが問題にしているのは、日韓両政府が合意した慰安婦問題の内容、朴槿恵大統領の強権的(独善的)な政権運営、経済政策の失敗(若年層の失業率増大)、安保政策の不安定――を挙げている。
2.
低調な選挙戦にも関わらず、投票率は58%と、前回2012年の54.2%を上回っている。
それは、30~40歳代の若年、中年層が、低成長経済政策と失業率が回復しない現状、南朝鮮社会内にはびこる右派保守層による政治の流れに反発し、南朝鮮の未来社会を開こうとした行動の結果が反映したのだと考えている。
彼ら中世代が考えている未来社会とは、まだしっかりとしたまとまり(勢力)とはなっていないものの、反朴、反保守政治を形成している。
たとえば、現代自動車のある蔚山北区では、労組員で無所属候補が、蔚山東区では、「鄭夢準共和国」(現代重工業の創業者一族の名を冠している)の候補者が、ともにセヌリ党候補を破って当選している。
また、朴槿恵大統領の政治地盤の大邸で、「共に民主党」候補が、与党セヌリ党候補に大差をつけて当選したほか、無所属と「非朴」候補たちが共にセヌリ党候補に勝利している。
さらに釜山でも、「共に民主党」の5候補がセヌリ党候補に勝利した。
以上のように、与党セヌリ党(親朴槿恵派)の牙城(保守層の地盤)の大邸と慶尚道での敗北は、現政権にとっては大打撃となり、今後の政治的影響力の低下は避けられないだろう。
しかも、労組員や旧統合進歩党出身候補者らと、彼らを支える民主勢力人士たちに対して、執拗に「従北左派」のレッテルを貼って、対北脅威論を作り上げてきた結果の、与党敗北であったと言える。
3.
朴槿恵政権及び保守派は、政権が推進する同族対決と戦争策動に反対する野党や左派各階層を「従北」勢力に仕立てて、極端な「北脅威」政治を演出し、喧伝してきた。
その結果、金剛山観光事業の中止、開城工業団地の閉鎖、離散家族の再開事業交渉の拒否など、わずかに開いていた南北間の交流窓口のすべてを閉じてしまった。
みずから北との敵対状況を作り出しておきながら、「北脅威」論を吹聴している。
さらに選挙末期に、中国で営業していた共和国レストランの従業員13人を、「脱北入韓」をアピールするため、白昼に誘引し、連行した。
こうした意図的な反北朝鮮謀略シナリオは、3年間の経済失政、無策を隠すためで、選挙直前から「北脅威」論を振りかざし、政権を批判する勢力に口封じを行ってきた。
だが、そうした陰謀的な選挙戦は完全に敗北した。
これは、南朝鮮社会内にひそかに流れている南北交流意識が、噴出した結果だったと言えるだろう。
同族対決政治を実行してきた朴政権の政策が、拒否されたことを証明している。
朴政権は、北脅威論を喧伝するあまり、米国のTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)の在韓米軍の配備に向けた協議を受け入れてしまった。
このことで今後は、対中国、対アジア地域全体の安保問題を不安定にし、共和国との関係も揺るがしていくだろう。
朴槿恵政権のレームダック化と、朝鮮史上におけるマイナス評価は避けられないだろう。
そのマイナス評価を避けたいと思うなら、できることはただ一つである。
夏の米韓合同軍事演習を中止することと、共和国との対話を再開することである。
2016年4月16日 記
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