fc2ブログ

「もう一つのおみやげ」

「もう一つのおみやげ」

                                               名田隆司


 22日(米時間)に行われた安倍晋三首相とオバマ大統領との首脳会談では、TPP交渉入りとは別にもう一つの「おみやげ」が与えられていた。

 弾道ミサイル発射を探知、追尾する高性能の早期警戒レーダー「Xバンドレーダー」の、2カ所目の配備を、日本が請け負ったことだ。

 その配備先の候補地として、京都府京丹後市の航空自衛隊経ヶ岬分屯基地が、内定していたことが報じられている。(北朝鮮が2月12日に実施した核実験後に、検討していたようだ)

 空自の防空レーダーがある経ヶ岬分屯基地は、日本海側に突き出た丹後半島の先端に位置していて、前方が開けていることもあってか、北朝鮮からのミサイル発射に対応できる適地として判断してきたようだ。

 ワシントン会談では、米本土を射程に収める長距離ミサイルを技術を手にしてしまった北朝鮮への懸念が、共通項として話し合われたであろう。

 安倍首相からは、中国との尖閣諸島をめぐる領有権紛争で、米国側の了解を得ようとしたのだが、オバマ氏は「中国を刺激しない方がよい」と、支持を与えなかった結果の、対北朝鮮対応であった。

 対北朝鮮対応では、先の核実験問題での北制裁論が、日米の共同歩調を確認してきた。

 オバマ氏からの「おみやげ」が「Xバンドレーダー」であった。

 このおみやげ、米国がいかに北朝鮮の「最期通告」(超電磁気波攻撃)に恐怖感を抱いているかの証左であり、それへの対応であった。

 また、米国内経済建て直しの一環としての、武器売却を日本側に押し付けることが出来た成果であって、全く、現米国政治の危機を、日本が一方的に補完したことになる。

 そのことを知って知らずにか、安倍氏は無用な武器の、高価な買物をしてしまったことになる。

 日本の政治家ではなく、米国側のバイヤーでしか過ぎなかったワシントン行きを、しっかりと批判する必要がある。

 一方、中国との領有権問題についての支持を得られなかったばかりか、逆に熱くならないようにとさえ、注告されていたのではなかろうか。

 いまの米国にとっての中国は、戦略的重要度ナンバーワンの国であったから、同盟国であれ中国と対決するような問題からは、避けることを厳しく指示したろう。

 帰国後の安倍氏が国会などで、オバマ氏との首脳会談をいかに誇って語ろうとも、朝鮮と中国との問題関係からみてさえ、日米安保下での日米関係が演出されてきたにしか、過ぎなかったと言うことである。

                                       2013年2月25日 記
スポンサーサイト



「見え透いた嘘」

「見え透いた嘘」

                                               名田隆司


 2月24日付けの新聞各紙は、一面トップの見出しで「TPP交渉参加へ」との大きな活字が見事なまでに共通していた。

 安倍晋三首相がワシントン詣して、22日(日本時間23日未明)に、オバマ大統領との首脳会談を終えての記者会談で、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)についての参加条件としていた「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」として、早期の交渉参加を決めた安倍氏の表現が、見出しとなった。

 今回の日米首脳会談での安倍氏側の「荷物」は、TPPの他にも沢山あった。

 北朝鮮への制裁、沖縄の米軍基地移設問題、中国と韓国との領土問題、パートナーシップづくり、日米貿易拡大、日本のデフレ脱却の説明などであったが、日米とも第一はTPP問題であった。

 軍事協力の前に、経済問題が優先された結果の、TPPでの握手を演技した。

 TPPについて、訪米前の安倍氏の発言を思い返してみる必要がある。

 自分自身が聖域なき撤廃かどうかの感触を得ることだと、賛成派も反対派にも、煙に巻く言語を使用していた、

 言ってみれば、目前の反対派との関係に、時間稼ぎをする言語でしかなかった。

 米国及びオバマという力を背景にして、ワシントンで本根(TPP参加)を語るだろうと予想していたとおりになって、逆の意味でがっかりしている。

 日米の共同声明では「TPP交渉に参加する場合は、全ての物品が交渉対象とされることを確認する」との、TPP原則が確認されていたのではないのか。

 オバマ氏は、自国内の財政問題や中東情勢に忙殺されている現在、重視しているアジア太平洋戦略にしっかりとシフトできない分を、日本政治を安定させておく必要があって、安倍氏にリップサービスを行った。

 政治言語上での最大限の配慮を示し、なおかつ日本をTPPに引き入れることになった。

 オバマ氏のこの政治言語を、そのまま信じることは余りにも幼稚であるが、安倍氏にはそれで十分であったのかも知れない。

 これで通過儀礼が出来たと考えたからであろう。

 過去の日米政治史上、こうした現象は幾たびもあった。

 そのつど、私たち一般大衆は傷付き、損害を被ってきた。

 今回もまた、同じような現象になる。

 そればかりか、米企業が独占する知的所有権の遺伝子組み換え商品によって、私たちの生命体までが米国によって支配される、恐ろしい世界が待っている。

 TPP交渉参加を急いでいる安倍晋三氏の行為は、日本人の生命を米国に売り渡すに等しい。

 そのことを理解しているのだろうか。

                                       2013年2月24日 記

「朝鮮戦争と日本との関係」①

「朝鮮戦争と日本との関係」①


                                               名田隆司


1.はじめに

 朝鮮民主主義人民共和国 (以下、朝鮮または共和国とする)は今年7月27日、祖国解放戦争(朝鮮戦争)勝利60周年を迎える。

 米国と停戦協定を結んでいるものの、それはあくまでも「戦闘停止」状態にするための、一時的な措置であって、前線ともいうべき「北緯38度線」(南北分断線)が存在する現実はまだ続いている。

 米国が勝利なき戦争経験のショックによって、最終型の「平和協定」締結へと未だに踏み出す勇気がないために、朝鮮戦争はまだ現在形(戦争でもない平和でもない)という不名誉な立場のままである。

 そこから脱する確実な手段は、朝米平和協定を結び、朝米が交流を続けるしかない。

 日本は敗戦後、米軍の占領政策下にあって、米国の反共反北政策推進の補完役を積極的に果たしてきた。それは現在も続いている。

 その内、朝鮮戦争当時のことを考えてみる。

 日本は、朝鮮戦争参戦16カ国には入らなかった(憲法上)けれども、参戦国以上の役割を果たしたのと、日本特有の事情とが絡み合って、全朝鮮人民を苦しめてきた罪からは逃れられない。

 日本の朝鮮戦争との関係を、1日本の植民地支配、2親日派の復活、3警察予備隊の創設、4サンフランシスコ講和体制、5日米安保体制、6朝鮮戦争の前線基地化、7細菌戦での参戦、8戦後復興と経済成長、9日韓協定の問題、10在日朝鮮人への弾圧政策-の10ポイントの観点から考えてみる。


2.日本の植民地支配

 朝鮮半島の南北分断、南北の対立と紛争、戦争へと至った、今に残る悲劇の根源的な理由こそ、日本帝国主義による過酷な植民地支配にあった。

 日本は明治維新(1868年)を経て天皇制国家を形成すると同時に、近代資本主義国家へと踏み出した。

 近代資本主義国家の体制とは、帝国主義的・植民地主義的である。

 日本帝国主義国家は幼少期から植民地化への魔手を、沖縄、台湾を経て朝鮮へと延ばしていった。

 1875年9月、日本は朝鮮侵略への口実づくりに、軍艦「雲揚」号を江華島に侵入させ、不法測量から武力挑発を行った。

 当然、朝鮮側は反撃し撃退した。 (雲揚号事件)

 この雲揚号事件を口実とした日本は翌76年2月、「日朝修好条規」(江華島条約)を強要した。

 この江華島条約は、李王朝が外国と結んだ最初の条約となった。

 12条からなる条約のポイントは、朝鮮を自主独立国家として承認すること、両国の使節を交換すること、仁川と元山の2港を開港すること-などであった。

 朝鮮を「自主独立国家に設定」するとの条文は、それ自体では近代国家の条件を立派に満たしている、魅力的な表現となっている。

 しかしその表現には、巧妙な罠が仕組まれていた。

 「自主独立」とは、当時の朝鮮の宗主国であった清国を牽制すると同時に、朝鮮の植民地化を進めようとしていた欧米列強からの干渉をも牽制するための、偽装表現であった。

 この表現に隠された本心こそ、朝鮮侵略の法的根拠を整備するためのものであった。

 残念ながらこの表現が、日本の朝鮮侵略史の第一項を飾る言葉となってしまった。

 朝鮮の侵略を完全なものとし、他国からの「不法侵略」との批判から逃れるため、近代的「合法性」を装ったものである。

 こうした「合法」「法制」という表現は、植民地主義者が近代法を装った自己欺瞞でしかない。

 以後、日本帝国主義者が朝鮮で使用した「内鮮一体」「皇国臣民」「一視同仁」「日鮮融和」「忍苦鍛錬」-などは、欺瞞言語である。

 また、朝鮮国内で公布した各種「法」は、近代国家の法ではなく、帝国主義者による暴力装置であった。

 太平洋戦争(1941年12月)以降、朝鮮も「戦時体制下」だとして、朝鮮人を侵略戦争に強制動員するための各種「法」を制定した。

 「勤労報国隊整備要綱」(43年4月)、「学徒戦時動員体系確立要綱」(43年7月)、「海軍特別志願兵制」実施(43年7月)、「学徒兵制」公布(43年10月)、「一般男子に対する徴用令」(44年8月)、「女子挺身隊勤労令」(44年8月)、「国民義勇兵役令」(45年6月)-以上、「徴用」で450万人、「志願兵」「学徒兵」「徴兵」などで37万人、女性を軍性奴隷に20万人など、「法」という名目で朝鮮人民を強制連行し、人権を蹂躙した後も、日本は謝罪も補償にも応じていない。

 過酷な日本帝国主義下の朝鮮人たちの立場を考慮した連合軍側は、カイロ宣言(43年11月)、ヤルタ会談(45年2月)、ポツダム宣言(45年7月)の、いずれの国際会議においても、朝鮮の独立を確認していた。

 それを無視し覆して、朝鮮を分断へと導いてしまったのは、帝国主義末期の日本の無能政権と、米帝国主義の朝鮮米軍「軍政庁」であった。

 日帝の末期、つまりポツダム宣言の7月26日から敗戦の8月15日までの20日間の日本は、当時の軍部(陸軍)の中枢が空疎な言語を振り回して、本土決戦(朝鮮半島での戦闘も想定)を主張する一方で、政府自体は無能力となっていたため、宣言を受諾するまでに2度の「聖断」(天皇の判断)と2度の原爆投下とソ連の参戦を必要とした。

 一方の米軍は、沖縄戦での足踏みがたたり、朝鮮への到着がソ連軍より大幅に遅れる事が確実となっていた。

 ポツダム宣言での米ソ秘密協議で、朝鮮半島での日本軍の武装解除を、38度線を境に北部をソ連軍が、南部を米軍が担当することにしていたため、米軍は焦ってはいなかった。

 日本の朝鮮駐屯軍は45年以降、南方戦線への部隊抽出のために再編していた。

 羅南を本部とする羅南軍を対ソ戦に備えて38度線から北部一帯を、ソウルを本部とする第17方面軍を米軍との決戦に備えて南部一帯を、それぞれが守備担当していた。

 38度線を境とする日本軍武装解除を担当する米ソ両軍にとって、これは全く都合のよい状況が設定されていたのである。(もちろん、いずれも意図したものではないが)

 この点からも、38度線を境とする朝鮮半島の南北分断については、その原初が旧日本軍の駐屯状況にあったと言ってよい。

 この時点での米軍は、朝鮮半島の政治と朝鮮人についての何ほどの知識もなく、また、朝鮮駐屯への基本的政策すらも決定していなかった。

 このため米軍は、日本がポツダム宣言を受諾する8月15日の直前から、朝鮮総督府に対して無線で連絡をとっていた。

 米軍がソウルに到着するまでは、引き続き従来どおりの政策を続けることと、親日派が多くいる警察権もそのまま維持し、日本軍の武装解除は米軍が直接行う-ことなどを、南部朝鮮一帯での日本の権限と取締は、植民地時代と変化がないことを伝えていた。

 南朝鮮を総督府と親日派に委ねていた米軍は9月7日、仁川に上陸しソウルに進駐した。

 直ちに日帝が敷いた植民地機構を引継ぎ、南朝鮮の占領政策を始めた。

 米軍司令官ホッジは9月11日、 38度線以南に軍政を実施(軍政庁)すると発表した。(布告第1号)

 続く布告第2号で「敵産に関する件」を発表し、南朝鮮経済の80%以上を収奪し、東洋拓殖株式会社を「新韓公社」と改称して、そのまま朝鮮の土地を略奪してしまった。

 さらに、「軍政庁は南朝鮮唯一の政権だと宣言」(10月17日)し、各地に組織されていた自主的な人民委員会を弾圧し解散させた。逆に反動勢力(親日派ら反共連中)を集めて「朝鮮独立促成中央協議会」を作り、そこに李承晩を送り込んだ。

 李承晩は1930年代から、中国国民党政府の庇護下にあった亡命臨時政府の「全権大使」を名乗り、ワシントンの国務省などに出入りし、米庇護下の朝鮮独立を要請していた。

 実際は、1925年に亡命政府から追放処分を受けていたのだが、彼は自己を売り込むことに長けていたようだ。

 米国は、彼がクリスチャンで反共主義者であったことと、早くから米国内で生活して米政界ともコンダクトを持っており、何と言っても米国の保護によって朝鮮の独立を主張していたことなどから、南朝鮮に送り込む人物としての眼鏡に適っていたようだ。

 次いで米軍庁は、朝鮮人民の38度線越境を禁止(46年5月)にしてしまった。

 少なからぬ朝鮮人は、米軍が解放軍だと理解していたようだが、結局は日帝の植民地統治機関「朝鮮総督府」を、「米軍政庁」と看板を付け替えただけで、米国版日本植民地支配を引き継いだことになる。

 米帝はそれ以上に、朝鮮分断を固定化し、南朝鮮を軍事基地化し、戦争策動を常に働きかけている。


3.親日派の復活

 帝国主義国家の植民地経営方式は、植民地から多くの食糧と資源を安い値段で奪い去る事と、もう一方で自国の工業製品を高い価格で売り付け、自国の過剰資本を輸出(市場拡大)して超過利潤を稼ぐというのが一般的である。

 日本帝国主義の朝鮮植民地支配と経済政策は、東洋拓殖株式会社(1908年設立)を活用して、この一般原則をもっとも効率的な方法で実施してきた。

 東拓は日本の金融資本を朝鮮の山間僻地にまで浸透させ、農民に貨幣経済と商品消費を強要して、彼らの零細な土地まで抵当化し、肥料、農具、種もみ、日用品などの名目で、農民の膏血を搾り取った。

 さらに、近代的土地所有権を確立するとの名目で、土地調査事業を朝鮮全土で実施した。この土地調査事業は、旧来の封建的な搾取関係をそのまま維持したうえで、なお帝国主義的独占資本による収奪を加重したために、大多数を占めていた零細な自作農民は、小作農へと転落し、借金だけが増えるという隷属的労働を強いられてしまった。

 逆に地主層の土地所有の権利を法的に認めたことによって、彼らの大部分が対日協力者(親日派)を形成していった。

 土地を手放さざるを得なくなった貧農層は、必然的に反日、反封建へと結集し、反日および抗日闘争の主体となった。

 3・1独立運動などの民族解放運動、労働・農民運動、社会主義運動が発展していく状況に直面した日帝は、1920年代に入り強硬策から懐柔策へ、「武断」から「文化」政治へと、その統治方針を変更した。

 方針転換の「文化」政治を支えていくものとして、親日派を大量に育成し、彼らを積極的に活用して、民族運動への分裂を図ろうとした。

 そのため朝鮮民族資本の成長を抑圧してきた「会社令」(1910年12月公布)を撤廃し、朝鮮人資本家に企業経営の機会を与えようとした。(すでにして日本資本が、朝鮮市場を浸食していたからである)

 こうして、朝鮮資本家をも親日派に吸収していった。

 続いて地方自治制を導入して、一部の知識人や地主、資本家らを植民地下級官僚機構に組み込み、彼らも親日へと引き込んでいった。

 同時に民族新聞の発刊、集会や結社の自由を部分的に認めて、知識人、資本家、地主らを民族改良主義勢力にも育成している。

 このようにして日本帝国主義によって懐柔された朝鮮知識人、資本家、地主たちは、あたかも朝鮮独立運動を主張しているかの如くに錯覚して、参政権請願運動や体制内改良的生活・文化要求の運動などを宣伝するようになった。

 彼ら民族改良主義者や親日派たちは、日本植民地主義体制内でしか生きる事が出来ず、 20年代から起こった社会主義思想や民族解放勢力とは、必然的に対立していくことになる。親日派について、もう少し具体的に書いておこう。

 朝鮮の「文化統治」を実施したのが、朝鮮総督府第3代の斉藤実である。

 斉藤は「朝鮮民族運動に対する対策」で、親日派養成政策を、以下のように具体的に規定している。

1 日本に絶対忠誠を尽くす官吏を強化・育成する。

2 日本のために身命を投げうつ親日的人物を物色し、彼らを貴族・両班・儒生・富豪・実業家・教育家・宗教家などの階層に浸透させ、親日団体を作る。

3 各種の宗教団体に親日派を最高指導者とさせ、日本人を顧問に就かせて御用団体とする。

4 親日的民間人に便宜と援助を提供し、英才教育の名の下に、親日的知識人を大量に養成する。

5 両班・儒生などで、職業のない者に生活資金を与え、彼らを宣伝と民情偵察に利用する。

6 朝鮮人富豪については、労働争議・小作争議などでの労働者・農民との対立感情を増幅させ、日本の資本を導入して彼らとの連携を結び、あるいは買弁化させ、日本側に引き入れる。

7農民を統制・操縦するために、全国各地に有志が率いる親日団体を作り、国有林の一部を払い下げる一方、立ち入り権(樹木採取権)を与え、懐柔利用する。
(以上、「朝鮮韓国近現代史事典」日本評論社から)

 以上、日帝は朝鮮社会の各分野で親日勢力を培養し拡大させて、彼らを民族運動や抗日組織に対する破壊活動、宣伝活動、情報収集、世論操作や運動家や家族らへの懐柔・説得工作などに利用していった。

 解放された朝鮮が進むべき道は、植民地社会構造と封建的遺物を破壊し、人民中心の自主的独立の民族国家の建設であった。

 その過程で、親日派を完全に追放しなければならなかった。

 誰もがそのように信じて、その方向に向かって進んでいたのだ。

 米軍が仁川から上陸する前の9月6日に樹立を宣言した「朝鮮人民共和国」(呂運亨首班)でも、日本とその追従者らの財産を没収、主要生産機関の国有化、没収した土地を農民に無償分配-などの基本政策を提示し、親日派・民族反逆勢力を追放していた。

 しかし米軍政庁は、人民共和国の樹立を否認(10月10日)する一方、日帝が培養した親日派勢力をそのまま軍政の要職に登用し、李承晩の政治的野合と結び付けて、南朝鮮で「親米 (帝国主義的)反共(親日勢力)独裁国家」を誕生させた。

 左翼はもちろん、中道勢力や右翼勢力の一部さえ反対したにも関わらず成立した李政権は、発足当初からさまざまな不安定要素を抱えていた。

 第1に、米軍政が採用した親日勢力をそのまま受入れ、彼らを擁護していたため、植民地から解放された民族国家としての大義を打ち立てることができなかったこと。

 第2に、軍部の反乱と民衆の抵抗が高まっていたことである。

 解放後、高揚した民族運動は5・10総選挙を前に、選挙反対闘争、2・7救国闘争、智異山一帯でのパルチザン闘争など、常に反李政権闘争が続いていたこと。

 第3に、政治的混乱に加えて、経済的不安定に直面していたこと。解放後の親日派追放は、北部朝鮮では一掃したけれども、南部では植民地時代の旧警察官僚を対象とした「反民族行為処罰法」(47年)が、李政権下の親日官僚たちによってボイコットされ、うやむやにされてしまった。

 南朝鮮の政治・政権構造(右派)は、その出発時点から改革と自主性を否定する反動的性格を帯びていたから、今日でもまだ、彼らの後裔は生き残っていて、南朝鮮政界では一大勢力を形成している。

 親日派勢力が活躍できる「政権」は、日帝支配者の思考が十分に染み付いているが故に、内部に向かっては反民主・反共の軍事思考で支配し、外部(特に日本)に向かっては反北朝鮮で結び付き北朝鮮侵攻レールを走っていく。


                                                 続く

「真に脅威を与えている国は」

「真に脅威を与えている国は」


                                               名田隆司

1.
 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)が、3度目(2月12日)の核実験を実施したことを「日本の脅威だ」と主張する人たちが増えている。(マスメディアも含めて)

 こうした主張をする人たちの心象風景には、語らぬながらも、朝鮮を敵視している政治を容認し、その政策(核・ミサイル・拉致の解決)を支持している傾向がある。

 朝鮮の核が日本に向けられていると考えることは、自らに反朝鮮意識があり、それまで日本政府が重ねてきた朝鮮敵視政策とがオーバーラップして「恐怖心」のトラウマ症候群となっているのではないか。

 そうした心象があるからこそ、「北朝鮮」と聞いただけで、「脅威」だとの連鎖反応と表現となるのだろう。

 朝鮮の核やミサイルは、日本には直接は向けられてはいない。

 その開発の先は、常に米国に向いているのだから。

 また、朝鮮の核・ミサイルを「政治的野望」とか、「自国の力をアピールするため」とかの論調も、的外れである。

 金正恩体制固めの核実験というのは社会主義朝鮮が崩壊することを期待している、米国の理解にしか過ぎない。

 現在、朝鮮は核抑止政策を維持しているが、基本的には核保有国を追求してはいない。また、軍事大国になることも、周辺国に脅威を与えることの考えなど、全く持っていない。

ということは、朝鮮が核保有国となることを目指したのは、朝鮮半島を非核化へと導くためであるという一見してアイロニカルな政策に基づいているのだ。


2.
 もともと朝鮮政府は、朝鮮半島の非核化、ひいてはアジア地域の非核化政策を追求していた。

 ところが、核保有の必要性を認識するようになったのは、米国による核恐喝政策があったからである。

 米国が南朝鮮に核兵器を持ち込んで、これを公表したのは58年1月であった。

 核拡散防止条約(NPT)成立以後も、NPT参加を拒んだ米国は、南に各種核兵器を持ち込み、一時期は極東最大の核兵器庫にまでしてしまった。

 76年から毎年実施してきた米韓合同軍事演習「チーム・スピリット」は、朝鮮半島に非常事態が勃発した場合に、共同対処するという米韓相互防衛条約を根拠にしたものである。

 核先制攻撃、化学戦訓練、敵前上陸、迅速な空爆など、ほとんどの軍事訓練が行われた。

 それ以前、朝鮮戦争中に3度、ワシントン政・軍部内では原爆使用の是非を検討していた。

 戦争後半期には、原爆投下云々の単伝を散布し、人々に恐怖心を植え付けながら、開城地域一帯の人々を米軍撤退時に武器運搬人として多く南に越境させた。

 現在、朝鮮戦争による南北離散家族が一千万人いるとされているが、その中に米軍の原爆投下恐怖作戦による南下者が、多く含まれている。

 朝米間の核問題は、このような米軍の幾たびもの核恫喝作戦によって始まった。

 その後、米軍による南への各種戦術核の配備、その核兵器撤去をめぐる問題へと発展した。

冷戦体制が終結し、南北両朝鮮が国連に同時加盟(91年9月)するという雰囲気から、南北高位級会談が開かれた。

 その第5次会談で、「南北和解と不可侵の合意書」(91年12月13日)が採択された。

 合意書では「南北間の関係を国と国との関係ではなく、統一を志向する過程で暫定的に形成される特殊関係」だと規定した。

 続く12月31日に、「朝鮮半島非核化宣言」(朝鮮半島非核化に関する共同宣言)が出された。

 内容的には、核兵器の実験、受け入れ、貯蔵、配備、使用の禁止とし、その非核化検証のために南北相互同時に視察することまで確認した。

 朝鮮は非核化共同宣言を実行するため、IAEA保障措置協定を締結(92年1月)し、IAEAの査察を受け入れた。

 しかし、朝鮮の申告内容と提出サンプルに不一致があるとして、IAEAが特別査察を発動しようとした。(この判断に米国が秘かに関連していた)

 朝鮮は反発し、93年3月にNPTを脱退(6月に留保)。

 さらに94年6月にはIAEA脱退を宣言したことで、朝鮮半島の核危機が高まった。

 一方、米韓は南朝鮮からの核兵器撤去を宣言する。その宣言は、南北非核化宣言を無視して、朝鮮側の視察を認めず、言葉だけのものであった。

 朝鮮は不信感を募らせた。

 傲慢で核大国の米国との協議には、米国と同等の立場を保持する必要性があると、このときに核保有の必要性を朝鮮は強く認識したのではなかろうか。

 93年、94年の核戦争前夜騒動は、米国の軍事衛星からの写真と核恐喝が端緒であった。

 90年代、社会主義市場が崩壊したことで、朝鮮は「苦難の行軍」を強いられていた。

 そのような朝鮮政権を米国は、いずれ崩壊するだろうとの視点で、朝鮮に対して不誠実な態度をとり続けてきた。

 それでも朝鮮の核追求政策(核抑止)が止まらないと見た米国は03年、朝鮮の核を封じるため、6者協議をスタートさせることになる。

 6者協議での朝鮮の立場は、朝鮮半島の非核化を追求する場とし、米国は北朝鮮の核放棄追求であった。

 この朝米間の溝は6者協議では最後まで埋まらなかった。

 むしろ朝鮮にとっては、米・中・ソが核保有国で、日・韓が米国の核の傘にいる核保有国5カ国との協議では、不合理さを認識する場となってしまった。

 6者協議の場で、朝鮮は自らの核保有の正当性を確認することになった。


3.
 現在、朝鮮半島がどうなっているのか。

 南北が分断され、2体制2政府が存在し対立している、と理解するのかもしれないが、それは結果でしかない。

 米国のアジア太平洋戦略、朝鮮半島の分断固定化政策、韓国への軍事支配体制、北朝鮮への敵視政治からくる結果であって、朝鮮戦争もその米国政策の結果であった。

 米国または米軍が、朝鮮半島に関与する法的理由として、米側からすれば2点存在することになる。

 1つは朝鮮停戦協定で、もう1点は韓国との間で結んでいる米韓軍事同盟の存在である。

 米韓軍事同盟で駐韓米軍の存在を誇示し、米韓合同軍事演習を頻繁に行える権利を行使して、朝鮮に軍事的圧力を掛け続けている。

 それよりもっと恐ろしいのは、停戦協定の存在である。

 朝鮮半島が戦争でもない平和でもないという状態は、いつ戦争が再開されるかもしれないというもので、偶発的な事件や事故からでさえ、戦争へと発展していく危険な可能性を持っている。

 朝鮮半島が、アジアの火薬庫だと言われる所以だ。

 米韓両軍が頻繁に実施している合同軍事演習が、その火薬庫の火をつける存在となっているのが、朝鮮半島の現状である。

 朝鮮側からみれば、米軍が朝鮮半島に存在していることが、最大の脅威となっている。

 従って、米軍が朝鮮半島内に、留まれる理由付けの停戦協定の存続こそ、朝鮮半島を火薬庫としていることになる。

 停戦協定調印の主体は、朝鮮人民軍・中国人民志願軍と米軍(国連軍司令部)であった。

 中国人民志願軍代表部は94年12月に撤退しており、実質米軍主体の国連軍も解体されていて、南朝鮮に残っているのは米軍司令部のみである。

 停戦協定によれば、強固な平和問題は軍司令官よりも、一段上級の政治会議で論議することになっている。

 停戦協定の締結当該国は実質、朝鮮政府と米国政府となる。

 朝鮮は米国に対して、長年、平和協定締結を協議することを呼びかけてきた。

 歴代政権の対朝鮮政策は、温度差があったものの、平和協定締結には否定的であった。

 朝米関係が最も接近していたクリントン政権末期でさえ、双方の首都に連絡事務所を設置すること、朝米国交正常化プラン止まりであった。

 現オバマ政権の4年間は、「戦略的忍耐」とかで、朝鮮側の呼び掛けには全く応えず、対話も拒んできた。

 60年間、停戦協定が存続していることも異常であるが、平和協定締結へと転換する会議を拒否していきた米国政治の方こそ、もっと異常で、朝鮮半島を危険にさらしている張本人でもある。

 60年間朝鮮は耐えてきたが、その60年を越えない覚悟を、今年、朝鮮は決心したのだ。


4.
 オバマ大統領が主張する核不拡散は、5ヶ国以外の核は認めないとする、手前勝手なものである。

 また、彼の核廃絶論は、世界で核を保有する国が存在する限り、米国自身は核を放棄
しないのだとする、これもまた身勝手な主張である。

 つまり、米国以外の全ての国の核廃絶を要求するという、まったくもって帝国主義者の論調だ。

 彼の論理からすれば、朝鮮の核保有宣言など、とんでもない話になるだろう。

 このオバマ氏の核論議は、米国は核保有を継続してくことを主張しているのと同じになる。

 その米国が、朝鮮に核を持つなと言い、朝鮮が核実験を実施すると制裁論を各国に呼び掛けている。

 朝鮮国防委員会は1月24日、「今後、朝鮮半島を含む地域の平和と安全を保障するための対話と協議はあっても、朝鮮半島の非核化が上程される対話はもはやないであろう」との声明を発表した。

 このメッセージは、米国に向けたものである。

 朝鮮は今後、核を追求し保有していくけれど、朝鮮半島の非核化を目的とするいかなる対話も行わない。

 ただし、朝鮮半島とその周辺の平和と安全をテーマとする対話と協議は、行っていくだろうと言っているのだ。

 つまり、核政策に関しては、米国と同一の政治的立場に立つことを宣言したことになる。

 朝鮮半島の非核化論議も、米国が非核化を進めているときにのみ、可能性があるとの立場を明確にしたのだ。

 平和と安全保障とは、平和協定締結のことである。

 2月12日の3回目の地下核実験は、米国へ、以上の意思を伝える最後通告の意味があった。

 米国との間で、平和協定締結に至る対話をしている間、核政策を追求しないとの意味が、メッセージに込められている。

 オバマ氏が今後とも非核化論を展開していきたいのなら、朝鮮からのメッセージに誠実な対応をするしかない。

 制裁論や米韓合同軍事演習などで脅かすのでは、何ほどの解決にもつながらないだろう。

 むしろ、米国自身が朝鮮半島を含むアジア全域に脅威と危機を招いていることを認識すべきだ。

 以上のことから、朝鮮半島とアジア地域の平和と安全で果して脅威の存在となっているのは、誰なのか、はっきりしているのではないか。


                                       2013年2月20日 記

「朝鮮の核実験で、見えてきたもの」

「朝鮮の核実験で、見えてきたもの」


                                               名田隆司

1.
 朝鮮民主主義人民共和国 (以下、朝鮮)が12日昼前、3回目の地下核実験に成功したことを、朝鮮中央通信が伝えた。

 同通信は「爆発力が大きく、小型化、軽量化、高い水準 (高濃縮ウラン使用か)、安全に完壁に実行した」と報じた。

 さらに「米国の非道な敵対行為」への対抗措置であることを、明言していた。

 同時に、朝鮮の外務省は「今回の核実験は第1次の対応で、米国が最後まで敵対的なら2次、 3次対応まで続けなければならない」との談話を発表した。

 朝鮮の核実験を報道する日本のマスメディアは13日、見事なまでに朝鮮批判・非難一色となっていた。
 
 新聞紙面からは、「暴挙」「暴走」「挑発」「脅威」「威嚇」「緊張」など、いつもの批判慣用句が目につくほど、反朝鮮論調になっている。
 
 多分、事あるごとにこうした反朝鮮論調報道が繰り返されて、慣れ親しんできたためか、一般の人達も「北朝鮮」というだけで、反射的に「不可解な国」「鎖国国家」「独裁国家」「軍事国家」-などのマイナーイメージに反応してしまうようになっている。

 13日付、14日付紙面はまるで、そのような人々の声を集めた特集なのかと感じるほどであった。

 紙面からの声を、アトランダムに紹介する。

 「閉鎖された独裁国家」「軍事優先の体制が変わらない限り、国際社会の声に耳を貸さないだろう」-こうした朝鮮観は、それ以前からのマスメディアによって作られたとしか思えない。

 「北朝鮮を孤立させてしまった周りの国にも責任があるのではないか」との声もあったが、これなどは国際政治の関係性からみたコメントで、常識派と言える。

 一方で、記事や解説文も、朝鮮の現実政治や真意の理解を欠いたものが多く見られた。

 「米国に自らの存在感を誇示するために」「米国を交渉のテーブルに引き出すため」「北の核実験は対米メッセージ」「米国への交渉カード」-など、多くは核実験の意図を米国との会談を求めたもの、としている。

 これらの表現、当たらずとも遠からずと言えるけれども、正解にはならない。

 核実験が米国に向けたメッセージであることには違いがないが、米国との交渉そのものにあるのではない。マスメディアはその真意を解明していなかったが、交渉を誘うのかそうではないのかといった、底の浅い問題ではない。

 朝鮮は、交渉を乞うてはいない。 (そのことについては、後段で述べる)

 さらに核実験を強行した原因について、「体制維持のため」「核実験で足元をさらに固めようとしたもの」などの表現は、米国側情報に基づいた偏見でしかない。

 全体的に朝鮮軽視感のうえに、情報不足が重なった「虚報」が支配的となっている。

 唯一、愛媛新聞が掲載 (13日付)した識者論評で、平岩俊司氏 (関西学院大学教授)の『北朝鮮が核実験』という一文が、ポイントを突いていた。

 平岩氏は「朝鮮戦争の休戦協定締結から60年の節目となる今年、北朝鮮は核保有国としての米国と『対等』な関係での平和協定締結を狙っている、ということだろう」と指摘している。

 朝鮮が米国との対等な関係で「平和協定締結」を目指していることについては、間違いはないが、今回は事情が少し違う。

 朝鮮は93年以降(つまり金正日時代)、米国と対話・協議関係の方式で、平和協定締結を目指してきた。
 
 途中、米国の核桐喝や高圧姿勢があったため、朝鮮は核保有を追及し、核保有国同士の対話を求めてきた。

 ところが、今年1月24日の朝鮮国防委員会声明で、米国との対話方式を転換していたことを、平岩氏は見逃している。


2.
 朝鮮国防委員会の1月24日の声明は、「朝鮮半島の非核化はしないが、朝鮮半島を含む地域の平和と安全を保障するための対話と協議はある」としていた。

 この声明は、その前日 (23日)に発表した国連安保理での制裁決議に対する、朝鮮側からの回答として出された。

 つまり、今後は「朝鮮半島の非核化」に向けたいかなる交渉も協議 (6者協議、朝米会談)も行わないが、「平和と安全を保障」するための対話と協議窓口だけは、開いておくということであった。

 平和と安全保障会議とは、朝鮮の平和協定締結のことである。

 その意味で今回の核実験は、米国に対して平和協定締結会談のテーブルに着くことを、実力で促すメッセージとなっているのだ。

 しかし、それだけではない。

 別の重要なメッセージも用意されていたのだ。

 日本のマスメディアも平岩氏も、その重要メッセージを見逃していたから、今回の核実験も単に米国との対話を要求しているとの、従来からの見解を展開していたことになる。

 朝鮮はある重大な「決意」の準備を整えていたから、核実験を行ったのである。

 そのため、その重要メッセージの米国からの反応を待っている。

 米国が朝鮮からの重要なメッセージ (決意)を理解すれば、平和協定締結へのテーブルに必ず着席しなければならないだろう。

 24時間、軍事衛星などで全世界をスパイしている情報大国の米国であるから、朝鮮の重大決意が何を意味しているのかについては、やがて解明する時があるだろう。(すでにして、理解しているかも知れない)

 朝鮮はその時を待っている、ということが今回の核実験における真意である。その時も、7月までしかないということも、米国に理解させようとしている。

 朝鮮のこの高等戦術を、オバマ米政権はいつ気付くだろうか。

 その時期によっては、米国は国内経済建て直し以上の、致命的な混乱を招くことになるだろう。


3.
 マスメディアの朝鮮関連情報は薄っぺらなうえに、米国判断というバイアスの偏見性がかかっていて、参考にできない。

 以下の原稿は、当研究所が活用している朝鮮側の資料と情報に基づき、検討を加えたものである。

 朝鮮は対米関係で、重大な「関」を越える決心をしたようだ、ということを書く。

 先ず、その重大決意を下した端緒からみていくことにする。

 今年7月27日、朝鮮は「祖国解放戦争勝利60周年」(朝鮮戦争)を迎える。

 その7月を、外国代表団も迎えての「勝利者の大祝典」にすることを、早くから決定していたと思われる。(金正日時代に)
 
 問題は、米国との関係転換を、それまでに作ろうとしていたことだ。

 金正日時代は朝米会談の継続と交流によって、双方の首都に連絡事務所を設置、国交正常化から平和協定締結とのロードマップを描いていた。

 このロードマップは、2期目のクリントン政権末期にはほぼ合意に達していた。

 ところが次のブッシュ政権によって破壊されてしまったため、停戦協定のままでのいかなる朝米合意も無意味になることを学んだ。

 民主党のオバマ政権が登場したことで、破壊された朝米間の修復作業を、「特使」交換外交で補い、平和協定締結を要求した。

 オバマ政権の対北朝鮮「戦略的忍耐」政策で、特使交換プランも機能しなかった。

 60周年を迎える朝鮮にとって、使える時間は限られていた。

 動かないオバマ政権との「対話、協議」政策に見切りをつけた朝鮮は、もう一方の作戦で「銃」による最期決戦への覚悟を決めていたのだと思われる。(金正日総書記本人が)

 「銃」による決戦といっても、第2次朝鮮戦争のように一般民衆を巻き込む凄惨なものではない。

 一撃で米中枢部を攻撃し、決着がつくような高等戦術を追及している。

 このため経済建設に力を入れつつ、ミサイルや核、最先端科学兵器の研究・実験・実用化を進めてきた。

 そうした路線は、金正日総書記が決めていたと思われる。

 昨年4月の人工衛星「光明星3」号1号機打ち上げ問題は、金正日「遺訓」だとしていたのも、金正日総書記が決定していた前提があったからであろう。

 12月の 2号機打ち上げは成功した。

 その際の推進ロケットの性能が、米本土に達する性能のため、米政権が驚き騒いだ。

 これまでの各米政権の朝鮮情報は、必ずしも正確ではなく、偏りがあった。

 90年代以前は、ソ連のカイライ政権との認識の下、大した関心も持たなかった。

 ソ連崩壊後の90年代以降、北は遠からず崩壊する、との前提で対処してきた。

 朝鮮の核が現実的問題となって以降も、核開発であれ、ミサイル開発であれ、直接的には米本土への脅威ではない-との視点であったから、朝鮮対策に決定的なものを持っていなかった。

 朝鮮を小国と見、見くびっていた側面があったからである。
 
 冷戦体制の解体後、米一国の世界支配体制が確立すると、米体制にあえて挑戦する反米政権 (勢力)であったイラク、アフガニスタン、スーダン、リビアなどを、圧倒的な武力で踏み倒して、世界に見せつけた。
 
 現在、そのような米国に立ち向かっている国は、朝鮮とイランだけである。

 イランの直接的な攻撃目標は、イスラエルとペルシャ湾に前進配備している米海軍艦隊だけであるから、米本土ではない。 (もっとも、大西洋を越える大陸間弾道ミサイルの開発はまだ行っていないという意味で)

 残るのは朝鮮だけである。米国は朝鮮もまだ、米本土にまで連する大陸間弾道ミサイルの開発には、もっと時間がかかるだろうと、楽観視してきた。

 しかしその夢も、昨年の12月で破られたことを、米国自身が確かめ、朝鮮を「核保有国」として警戒し始めたのだ。


4.
 朝鮮が昨年12月12日に打ち上げた人工衛星の成功は、朝鮮側に対米決戦への自信を与えたが、米国にとっては直接的な脅威対象となった。

 それで米国は、国連安保理での北制裁決議に、中国を加えることに集中した。

 米中秘密接触は、レベルを違えて何度も行われた。

 その結果、1月22日に安保理決議で、朝鮮への制裁を決めた。

 打ち上げから1カ月余もの時間がかかってしまったが、米国の粘り腰にもびっくりする。

 それだけ、米国政治が追い詰められていたことを、物語っていたのだろう。

 翌23日、直ちに朝鮮外務省は、『核抑止力を含む対応を講じる』との声明を発表した。

 「こんにちの現実は、われわれに対する米国の敵視政策には言葉ではなく力で立ち向かうべきであり、われわれが選択した自主の道、先軍の道が極めて正当であることを如実に示している。・・・」と、次ぎのように宣言するとして、以下の4点を挙げている。

 4点はポイントのみ(要約)

 1 国連安保理は、不当にでっち上げた全ての「決議」を、直ちに撤回せよ。

 2 われわれは平和的な衛星打ち上げは中断することなく続ける。
 
 3 世界の非核化が実現される前には、朝鮮半島の非核化も不可能であるとの最終結論を下した。
   6者会談の9.19共同声明は死滅し、朝鮮半島の非核化は終りを告げ、朝鮮半島と地域の平和と安定を保障するための対話はあっても、朝鮮半島の非核化を論議する対話はない。
 
 4 敵対勢力の挑発が続くなら、その根源を根こそぎにする重大措置を取る決意である。

 -以上、朝鮮半島の非核化への対話は終り、平和と安定を保障する対話窓口だけは開けておくとした。

 さらに今後、米国とは「言葉ではなく力で立ち向かい」「重大措置を取る」としている。

 朝鮮側は、「われわれが選択した自主の道、先軍の道」を主張し、そのことを自負している。
 
 朝鮮は金日成主席の抗日パルチザン時代から、自主、自主権、自主化、自主性の確立を追求してきた。

 建国後は、外国軍隊の駐留・駐屯を決して許さなかった。

 外国軍隊が駐留している国は、独立国家とは言えぬからである。

 米軍が駐留する日本や南朝鮮を、独立・自主国家(社会)とはみていない。

 例え経済的に発展し豊だったとしても、政治的には他国に隷属した関係でしかないからで、自主権が確立しているとは見なされないからである。

 そうした見解から、自主の国・朝鮮は、米国とは常に対等な関係意識で対応し、交渉してきた。米国側のおかしな朝鮮観が全面に出てくる時だけ、朝米関係は対立と対決の状態となっていた。

 2010年以降の朝米関係は、従来の対話や協議での交渉スタイルは終り、対決状態となっているため、その敵対関係が解消されない限り、「重大措置」(武力)を追及していくことを宣言したのだ。言ってみれば、米国に「宣戦布告」を行ったことと同じになる。

 この1・24が、朝米関係の分岐点であった。


5.
 昨年4月15日の太陽節慶祝100周年人民軍閲兵行進を、外国招待の観覧席で観ていた私は、その最後尾を走る数台の大型ミサイルに目を見張った。過去の閲兵行進では見たこともなかったからである。

 軍事や武器についての知識に乏しい私にも、この大型ミサイルが朝鮮自慢の最新兵器であることだけは、理解していた。

 閲兵行進後、ある朝鮮の幹部から大型ミサイル登場の感想を聞かれたが、適格な返答ができなかった。

 帰国後、私が見た大型ミサイルは、ファソン13号大陸間弾道ミサイル6基で、8軸16輪の超大型自行発射台6台にそれぞれ搭載していたことが分かった。

 この大陸間弾道ミサイルこそが、米本土を打撃する性能を持っていて、昨年12の人工衛星打ち上げ時に、全世界がその性能を確認したミサイルであった。

 そして今回の核実験成功である。

 米国に照準を向けているこの2点を組み合わせれば、どういうことになるのか、誰にでも分かることである。

 一見、オバマ政権は平静さを装っている振りをしているけれども、米軍合同参謀本部内では、少し様子が違っていて、「北の脅威」を感じ始めているようだ。

 米軍合同参謀本部は昨年後半期から数回、米本土が敵から攻撃を受けた場合を想定したシナリオを検討していたようだ。

 米本土に敵の攻撃があるというシナリオなど、米軍首脳部が検討するということは、異例のことであろう。

 冷戦後、米国と対立するどのような国も、米本土を直接攻撃できる能力などは持っていなかった。その点で米国は、安堵と倣慢さに浸っていた。

 昨年の後半、米本土を攻撃する能力を手に入れた国として、米国は朝鮮を意識するようになっていたのだ。

 その直接のきっかけは、同年4月の朝鮮人民軍閲兵行進で登場した、私が観た朝鮮製のファソン13号大陸間弾道ミサイルであった。

 米軍部は、あらゆる角度から検討した結果、朝鮮の最先端科学軍事技術の高さに驚嘆したに違いない。従って、朝鮮が小型化した核開発をしないことを、ヒステリックに叫んできたともいえる。

 その一方で、米軍首脳部はミサイル防御戦争シナリオを、急いで集中的に検討してきた。

 つまり、朝鮮が米本土に向けて発射するかも知れない大陸間弾道ミサイルの、迎撃体制を整えるためである。

 米国が朝鮮からのミサイルに対して迎撃するのは、改良型の外気圏迎撃体である。

 外気圏迎撃体とは、敵ミサイルを大気圏の外で迎撃する撃破ミサイルである。

 この迎撃ミサイルのこれまでの発射成功率は、53%にとどまっている。

 つまり、命中率は半分でしかないという代物である。
 
 それでも米ミサイル防御局は1月、アラスカ州のフオート・グリーク基地に、10基を実戦配置したと伝えている。

 昨年12月の人工衛星発射に続く核実験(小型化)の成功によって、米国首脳部も朝鮮が「米国に対する現実の脅威」(パネッタ国防長官)との認識を共有しはじめた。

 1期日のオバマ政権が追及したのは、朝鮮が核放棄に向けた具体的な行動をするまでは交渉しないとする「戦略的忍耐」政策であった。これは朝鮮を無視する政策にも等かった。

 それが失敗だったのではないか、という声が政権内部からも聞こえ始めたということであろう。

 さて、これまで朝鮮側の「重大措置」が具体的に何を指しているのかについて、言及してこなかった。

 そのことは、これまでにも示唆してきたように、朝米「最終決戦」を指している。

 これ以後の記述は、朝鮮の軍事機密にふれる部分のため、朝鮮側が公表している情報の範囲のみをつなぎ合わせて、結論を書いていく。

 最終決戦とは、「超電磁気波弾頭」を米本土に向かって使用する作戦である。

 それも、すでに実戦配備している可能性がある。

 超電磁気披弾頭とは、大陸間弾道ミサイルに搭載した小型核弾頭(強力な電磁気波を放出するように設計しているもの)で米本土高空で爆発させ、核爆発で放出される強力な超電磁気波が、米国内の各種電気関連設備と電気施設のすべてを切断して、瞬時に電子回路と電気装置機器のすべてが使用できなくするものだ。

 爆発すれば、地下の電気設備・回路まで破壊してしまう。

 超現代的だと誇る都市部ほど、その破壊威力は絶対的で、爆撃された米国の各都市は瞬時にして機能を失い、回復力もなく、戦争も瞬時に終ってしまう。

 迎撃ミサイルの発射さえ不可能となる。究極の兵器である。

 しかも、人間を一人も殺傷しないという、すぐれた武器でもある。

 米国全土の365km地域に電磁気波を波及するには、10キロトン級核弾頭1発を高度482kmで爆発させれば、米全土が廃嘘となってしまう。

 この超兵器を手にしているのが、今のところ朝鮮だけなのである。

 米国が手にするには、あと数年は必要としているのだから、米国としては迎撃ミサイルで対応するしかなかった、というのが結論である。

 例え迎撃ミサイルが超電磁気波核を破壊したとしても、爆発したことと同じ結果となり、いったん発射されれば防御の方法がない、という兵器でもあった。

 昨年10月9日、朝鮮の国防委員会代弁人が、以下のような声明を発表した。

 「戦略ロケット軍をはじめ、われわれの白頭山革命強軍がカイライの本拠ばかりか、神聖なわが祖国を強占する米帝国侵略軍基地は勿論、日本とグアム、そして米国本土まで命中打撃圏内に入っていることを隠さない。

 われわれには米国とカイライを始めすべての追従勢力に、核には核で、ミサイルにはミサイルで対応する、すべての準備が整っている。あとは、断固たる行動のみだ」

 この声明から伺えるのは、「対米決戦」「祖国統一大戦」シナリオで、必ずしも米本土のみを電磁気波攻撃をするというのではなく、状況によっては日本、グアム、南朝鮮など、米軍基地が存在する地域も射程圏に入っているということになる。

 パネッタ米国防長官は13日の記者会見で、「韓国と同盟国に対する安全保障上の責務を果たすため、米軍はあらゆる必要な措置をとる」と語った。

 これは、朝鮮の核実験を受けて、日韓両国の防衛に向けた米軍の態勢強化 (核の傘提供の強化)の考え方を示していたのだろう。

 従来にないこの発言からも、米軍首脳部では朝鮮からの「最期決戦」に備えようとしていることが伺える。

 安倍晋三首相は、日本列島も朝鮮の超電磁気波攻撃の標的にされていることを、認識しているのだろうか。

 認識したうえで、朝鮮の核実験に対する制裁をと、国内ばかりか米国を始めとする周辺国、国連安保理にまで訴えているのだろうか。

 衆院(14日)と参院(15日)の本会議で、「北朝鮮による3度目の核実験に対する抗議決議」を、それぞれ全会一致で可決している。

 「国際社会の声を無視したもので、唯一の被爆国として断じて容認できない」と批判し、政府に核・ミサイル・拉致問題の解決を図る努力を求める内容となっている。

 果たして、日本は朝鮮を非難し対決姿勢だけでいいのか、疑問に思う。

 これでは朝鮮からの超電磁気波の標的にされてしまうだけで、拉致問題や日本人遺骨問題の解決さえ、ますます遠ざかっていくだけだ。


6.
 朝鮮中央通信の2月3日報道は、金正恩第一書記が、党中央軍事委員会拡大会議を招集したことを伝えた。
 
 会議には戦略ロケット軍や大連合部隊が参加していたことに、注目する必要がある。

 それは通常の作戦会議ではないことを、十分に証明しているからである。

 金正恩氏は、国の安全と自主権を守るための綱領的指針となる重要な結論を下したと、報道している。
 
 「綱領的指針」とは、歴史に残るべき重要な国の基本方針であるから、その意味するところは、60年にわたる米国との「敵対関係」を、必ず切断するのだという風に理解しなければならない。

 その具体策が「最期決戦」であり、そのことを決心したと伝達したのだという意味に解せる。

 マスメディアが伝えるような、第3次核実験実施を決定する会議ではなかった、ということになる。

 その直前の1月29日、朝鮮では「戦時作戦坑道を任意の時刻に、使用し得るよう戦争準備を完了せよ」との命令が、全人民軍に下されている。(米国の「自由アジア放送」も伝えている)

 それ以降は24時間、最高司令官命令 (作戦命令)を待機している態勢を取っている。

 ということは、朝鮮はすでに戦闘動員態勢に入っていることになる。

 1・29と2・3の情報を断片的に繋ぎ、分析しただけでも、2月12日の核実験の意味するところは、朝鮮が戦略上の重要な一線を越えたのだということになる。

 そのことを米国に告知したのが、核実験の真の意味であった。

 朝鮮が核実験を実施する際にも、最期決戦を決断する際にも、「米国の敵対行為」があったからだと言っている。

 その言葉は、人工衛星「光明星3」号発射を犯罪視し、特に国連安保理を動かして、対北朝鮮制裁を追加する決議を採択させた米国の行為を強く指している。

 こうした米国の敵対行為でもって朝鮮は、対米関係の「ルビコン川」を渡る決断をしたとみることができる。

 即ち、祖国統一への「対米最期決戦」(祖国統一戦)の準備を進め、その完了をもって3回目の核実験を行ったということになる。

 この最期決戦を、祖国統一戦とも言っているから、単なる米国との宣戦だけを意味していたのではないと、理解する必要がある。

 朝鮮解放以後(朝鮮戦争を挟んで)、朝鮮の南北統一が全朝鮮人の悲願であった。

 それを妨げている勢力が米国を中心とする帝国主義陣営であり、直接的に実行しているのが米軍の南朝鮮駐屯と、日米韓体制による軍事的圧力であった。

 さらに朝鮮戦争停戦協定という「法的」存在である。

 これまで朝鮮は米国とは対話を重ねることで、平和協定への転換を進めてきた。

 その間の様々な曲折にも対応してきた。

 オバマ政権の2期目も、対話方式への政策転換がみえず、制裁論議ばかり振り回していたため、朝鮮側は吹っ切れたのではないだろうか。

 また、戦争でもない平和体制でもない米国との「停戦協定」時代を、60年を越させないとの覚悟を、朝鮮側は強く持ったとみるべきである。

 私は以上の観点に立って、少々、厳しい分析を行ってきた。 (ただ、軍事機密に関わる部分では、決定的な情報を持っていないため、やや控え目の表現とした)

 最後に中国のことについて、少しだけ触れておきたい。

 朝鮮と中国とは、互いに長い国境線で接しているため、古代から他のどの国よりも影響し合ってきた関係が、現在も続き存在している。
 
 習近平時代に入ろうとする中国に、朝鮮との関係で変化がみられると、マスメディアや識者たちは、先の安保理制裁決議や今回の核実験での対応から、そのように結論付けている。

 確かに、表面的には中国の朝鮮離れという現象が随所にみられる。

 だからといって、変化していると理解するのは早計である。

 現代政治は、二国間関係の動静からだけで判断しては、見当違いの結果を導くことになってしまう。東アジア情勢についても、そうである。

 朝鮮の「最期決断」だけの問題にしぼっても、それは言えることである。

 朝中、朝米、朝日、中米、日米、日中の関係が、絡み合っている。

 朝中は政治関係で、中米は経済関係で、しっかりと結ばれている。

 朝日、朝米は政治・軍事ともに対立関係にある。日中も経済的には結ばれていながら軍事的な対立関係になっている。

 これらを総合的に解くと、中米の経済的関係がキーワードとして浮き上がってくる。

 中米両国は、東アジアでの経済発展を第一に考えながら、軍事的圧力も行使することがある。

 朝鮮の「核脅威」論における中米関係は、制裁論を掲げながらも、一方では着地点も探ろうとしているのだ。

 朝中は、表面的には冷風が吹いているように見えながら、政治的な奥深い部分ではしっかりと結び付いており、同じ夢を共有している。

 同じ夢とは、米国の軍事的プレゼンスを削ぐことである。

 その同一夢を実現する対象国に、朝鮮と中国は共に日本を向いている。

 このところの中国の動き、尖閣諸島 (中国名、釣魚島)領有権をめぐる軍事的行動力アップは、朝鮮が決定した「最期決戦」と通底しているだろう。

 朝鮮も、決戦で米国の「弱い輪」をたたくことを目標にしている。
 
 弱い輪とは、日本列島であり、在日米軍基地のことである。

 朝中両国が日本をターゲットとしている、ということである。

 中国海軍のフリゲート艦が1月、日本の海上自衛隊護衛艦に火器管制用のレーダーを投射した(中国国防省は否定)問題で、日中間の緊張は高まっている。

 これが中国の行動計画のステップだとすれば、中国は今後もさらなる圧力を日本に強めてくるだろう。

 尖閣諸島の領有権をめぐる対立の根っこには、米国が強引に進めたサンフランシスコ講和条約体制が引っ掛かっている。

 そうした意味で、島の領有権問題の争いは、中国と日米の対立関係という図式になっているのだ。

 で、朝鮮の対米戦も朝鮮対日米の図式となっているから、中国対日米の軍事的対立には、朝鮮の対米決戦が引き寄せられていくことになる。

 クロスさせれば、朝中対日米の対決となるのである。

 朝中両国ともに、朝鮮戦争では米軍と戦ったから、米軍が朝鮮半島に居座る限り、敵対関係であったのだ。

 それ故、中国の尖閣諸島領有権主張と行動は、今後ともエスカレートしていくだろうし、日中の衝突も現実問題となるかも知れない。

 朝鮮の最期決戦作戦は、中国の尖閣諸島攻撃と連動していく可能性も考えられる。

 だが朝鮮は、1・24で言及しているように、米国その他の国との対話窓口も用意しているとしている。

 その対話も、従来のような経済支援とか非核問題ではなく、あくまでも朝鮮平和協定締結のことである。

 朝鮮停戦協定を破壊してしまうというのが、朝鮮側の覚悟なのである。

 とはいっても、米国、中国、韓国の周辺国は、 3月以降に新政治体制が確立していくから、朝鮮半島の平和統一に向かっての様々な動きも予想されるだろう。

 劇的な変化もあり得るだろう。

 私自身、劇的な変化に期待して、対米最期決戦が回避されることを願っている。

 2期日のオバマ政権には、平和協定締結を目的として朝鮮との対話席に座ることしか、選択肢は残されていないのだから。


                                       2013年2月15日 記


「安倍さん、おかしいよ!」

「安倍さん、おかしいよ!」


                                               名田隆司


 安倍晋三首相の所信表明演説に対する各党の代表質問(1月31日から)が、衆参両院本会議で行われた。

 野党各党からは、93年の河野洋平官房長官談話(従軍慰安婦問題)と、95年の村山富市首相談話(アジアへの植民地支配と侵略を謝罪)についての、首相見解を質していた。

 昨年の自民党総裁選挙以降、安倍氏は河野談話と村山談話の見直しを主張して、安倍カラー(右寄り)を出すことに、ことのほか高揚感を示していた。

 河野談話は、当時の様々な資料を検討し、専門家の意見や各国の元軍慰安婦たちの証言をもとに、鈴木政権が河野官房長官談話としてまとめた政府見解である。

 「軍慰安婦たちの募集は、本人たちの意思に反して行われた事例もあった」と、旧日本軍による強制性を認めた内容で、多くの元軍慰安婦たちにも受け入れられ、関係各国、関係団体と個人からも共感された。

 残念ながら、それが鈴木政権末期であったため、談話の内容を実施する時間がなく、補償問題などは以後の政権にバトンタッチをしざるを得なかった。

 94年、95年の日本政界が混乱していたことと、その後の自民党政権が、戦後補償問題について、無関心であったため、「河野談話」は、忘れ去られた。

 90年代以降、元軍慰安婦たちからの訴訟があり、慰安婦問題は日本国内だけに止まらず、歴史問題、人権問題として国際政治へと発展した。

 第1次安倍政権(07年)での安倍晋三首相は、軍による「強制連行を直接示す資料は見当たらない」などとする、政府答弁書を閣議決定して、河野談話を否定していた。

 この安倍氏の歴史認識に対して、米メディアなどから批判されると、「歴史家の判断にまかせる」と逃げてしまった。

 再び自民党総裁となった直後(12年8月)、第2次安倍政権発足時(12年12月)、今回の国会所信表明演説などで、安倍氏は河野談話と村山談話の見直しを示唆していた。

 仮に、安倍氏らが言うように、女性連行で軍の強制性がなかったとして、軍による「管理売春」があったことと、女性の人権をひどく傷つけた行為であったことについては何人も認めざるを得ないはずだ。

 安倍氏らは、河野談話の何を否定したいのだろうか。

 否定した結果、女性の人権制をどのように表明するのだろうか。

 安倍氏の発言は、南北両朝鮮、中国からの批判はもとより、米国の一部も「歴史を否定する試みだ」との懸念を招いてしまった。

 安倍氏にとっては、米政権からの懸念がこたえたのであろう。

 最近、トーンダウンしているのも、オバマ氏との日米首脳会談を控えての、米国へ向けた姿勢であったのではないか。

 国会での野党側質問の答弁で、その影響がでていた。

 「これまでの歴史の中で多くの戦争があり、女性の人権が侵害されてきた。従軍慰安婦問題でも、筆舌に尽くし難い思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む。この点についての思いは、歴代首相と変わらない。談話は当時の河野洋平官房長官によって表明されたものであり、首相である私からこれ以上申し上げるのは差し控え、官房長官による対応が適当だ」と述べて、自らは見直しに関与しないことと、官房長官に問題を投げかけた。

 さすがお坊ちゃんだ。

 普段は強がりを言っていても、上位(米国)の者からの批判には、直ちに身をかわし隠れてしまうところなどは見事なものだ。

 07年のときは「歴史家」であり、今回は「官房長官」になっている。

 菅義偉官房長官は、安倍氏からのボールを受け止めて、「有識者に意見を聞いてみる」と言った。

 「有識者」とは、誰を想定しているのだろうか。

 安倍氏を取りまく右派論客者たちは、「軍の強制性はなかった」との合唱団を構成しているから、彼らを登用すれば、結論は思惑どおりになる。

 全くせこいやり方だ。

 韓国を訪問していたミャンマーのアウンサンスーチー氏が2月1日、旧日本軍の従軍慰安婦問題に言及した宋永吉(ソンヨンギル)仁川市長に対して、「過ちは誰にもあるが、過ちを認めることを躊躇することこそ、本当の過ちだ」と発言し、日本の姿勢を批判したことを聯合ニュースが伝えた。

 安倍晋三氏には、スーチー氏のこの言葉を贈る。

 もう一つの村山談話。

 安倍首相は「とりわけアジア諸国の人々に苦痛を与えたという認識は歴代内閣の立場と同じだ。しかるべき時期に21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と、代表質問で答えている。

 前半部分は河野談話見直し答弁と同じトーンで、後半部分の「21世紀にふさわしい未来志向の談話」の主旨が、よく分からない。

 村山談話は「戦後の50年」という節目を迎えて発表されたものである。

 「国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して、多大の苦痛と損害を与えました」と、日本の植民地支配と侵略戦争を反省し、アジア諸国の人民に謝罪をする談話になっている。

 部分的には、不十分さがあったとはいえ、日本の首相が、日本の植民地氏支配と侵略戦争を認めたのである。踏み込んだ内部となっている。

 村山談話以上の政治談話を、日本はまだ発表していない。

 過日、私は村山富市氏(首相退任後)と会談する機会があった。

 談話のことに話が及ぶと、村山氏は「あの時、あれが精一杯の表現だった。閣内での批判や圧力もあったが、侵略や植民地支配表現は必ず入れようと、がんばった」と語った。

 当時、自民、社会、さきがけ連立内閣としての苦労があったろうと思う。

 その村山氏が、安倍首相に中国訪問(日中友好協会代表団)の報告(2月4日)をした後、記者団に「(95年の村山談話を)前進させるなら意味がある」と語った。

 未来志向とは、過去の歴史を風化させることでもないし、歴史事実を隠すことでもない。

 安倍氏が、村山富市氏以上の談話を出すことができるのだろうか。

 そうあってほしいと、心から願うものである。


                                        2013年2月5日 記

「TPPが襲ってくる」

「TPPが襲ってくる」


                                               名田隆司


 日本はいま、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)という、アメリカの「黒船」に襲われようとしている。

 TPPとは何なのか。

 TPPは、21世紀の世界経済を支配しようとする米経済の「母船」である。

 貿易の関税撤廃問題の側面ばかりが問題にされているが、実は、米国がいま進めている後段の方がもっと恐ろしい。

 それは、米国の特許制度を、米国自身が世界の国々に押し付けようとする制度になっていることの方が、より深刻だということである。

 80年代、米国は世界貿易機関(WTO)の知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)を通じて、自国の特許制度を他国に押し付けたため、知的所有権をめぐる裁判戦争が増加していた。

 90年代以降、遺伝子の特許権を認める生命特許の分野(生命の操作、生命体の私物化)を、企業利益権にまで広げる取組みを行っている。

 生物の遺伝子組み換え(食品、医薬品)、ヒトゲノム(人間の全遺伝子情報)、成長ホルモン、バイオ製品ES細胞(ヒト胚幹細胞)、クローン技術など、生命科学分野の研究や技術開発が急激に発展してきているのも、そうした影響からである。

 それらの研究や技術に、米国の企業が巨額の資金を先行投資し、特許権を取得、独占しようと競っている。

 すでに、これらの最先端科学技術の多くが米国の企業によって独占的に所有されている。

 いまや遺伝子が組み込まれた農産品が、私たちの食卓を占拠している。

 しかも、ほとんどの食素材に遺伝子が組み換えられ、米国産となっている。

 日本が、これからTPPに加入するということは、遺伝子(生命)操作された食品、商品が米国からどっと入り込み、米国にそれらの特許権を払い続けていくことをも意味する。

 私たちの生命体までが、米国企業によって私有化され、無秩序な米国企業の金儲けの手段に利用されていくことになる。

 安倍晋三首相は8日の衆院予算委員会で、TPPへの交渉参加について、「聖域なき関税撤廃」を前提とするか私自身が確認する必要があると述べ、2月下旬に予定されている日米首脳会談で例外品目が設けられるかを探る考えを明らかにした。

 首相は、「例外が作れるか」「感触を得られるか」が、重要なポイントだと指摘した。

 仮りに、安倍政権が交渉参加を判断した場合、日本として守るべき品目は何か、ということについては、まだはっきりとしていない。

 ところで自民党内では、TPPをめぐって賛成派、反対派、条件派などが混乱していて意見がまとまっていない。

 それは、市場開放による利益企業集団と不利益企業集団との戦いで、どちらも自民党を支援しているため、経済パイの分捕り戦でしかない。

 その一つの答えを、内閣府の食品安全委員会(食安委)が昨年10月に出した。

 「30ヵ月以下に緩和しても人への健康影響は無視できる」との食安委の答申に基づいて、政府が米国産牛の輸入拡大を決定した。

 牛海線状脳症(BSE)発生の仕組みは、まだ不明な点が多く、極めて低いとはいえ人への感染リスクもある。

 それなのに、日本はいつ頃から米国産牛肉輸入規制緩和の転換を、決めていたのであろうか。

 BSE牛が発見されたとき、日本国内は大騒ぎした。米国産牛の全面輸入禁止、20ヵ月以下牛への緩和(米国からの圧力で)へと、いつの間にか、日本の政治、社会、消費者、マスメディアは、BSE問題があったことすら忘れていた。

 その問題を突いての、30ヵ月牛を許すとの政治決定をしていたのだ。

 安全性がまだしっかりと担保されているか疑念があるなかで、政治交渉だけが先行していたようだ。

 牛肉輸入は、農業分野とともに、TPP参加をめぐって、米国が日本に強く市場開放を求めていた分野である。

 米国産牛肉輸入規制の入口を緩めたということは、米国からの政治的圧力に、日本が屈したのだと言うべきだろう。

 日本政府が、自国民(消費者)の食の安全性を重視するよりも、米国との政治的スタンスばかりを気にしていたことを物語っている。

 いったん規制という「入口」を緩めてしまえば、商品選択やその責任も、すべては個々の消費者に転嫁されてゆくだろう。

 これでは、消費者を守るべきはずの国が、その責任を自ら放棄したことと同一になる。

 牛肉輸入規制の緩和は、今後のTPP交渉の進展問題と深くからんでいる。

 米国としては、牛肉輸入規制緩和を実現したことで、日本とのTPP交渉に一定の穴を開けたと考えているだろう。

 そのように日米間の舞台裏が透けて見えるから、安倍首相の国会答弁も、空言として聞こえる。

 先ほどみた本質と、米国産牛肉輸入規制緩和を隠したうえで、TPP論を発言している安倍首相には、危惧を感じる。

 安倍首相は、以前からTPP参加を表明している。

 オバマ米大統領との首脳会談で、「聖域なき関税撤廃」かどうかを自身が確認する必要があるなどと言って、取り敢えずは自民党内の反対派を慰撫し、時間かせぎをしているように思える。

 オバマ氏や米国は、何度もTPPに「聖域がない」ことを伝えている。

 米国と対等な交渉ができない安倍政権が、時間と条件を積み重ねつつ、TPP加入への道を進めようとしているようだ。

 オバマ氏との会談で「(例外が作れるか)感触を得る」ことを、重要なポイントに挙げていることなどは、国内の反対派へのポーズにしか過ぎないだろう。

 TPPは、日本にとっては経済関係の「核兵器」と同じである。

 従って、TPPに加入すれば、日本の文化と風景を破壊していくことになり、私たちの寿命や病気までが、米企業によって操られることになる。

 TPP加入には反対である。

                                       2013年2月12日 記

「沖縄・米軍普天間飛行場移設問題」

「沖縄・米軍普天間飛行場移設問題」


                                               名田隆司


 安倍晋三首相は2月2日、首相就任後初めて沖縄県を訪問し、仲井真弘多知事と会談した。

 日米両政府で合意している米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への「県内移設」問題で、意見交換というより、民主党政権下で悪化していた政府と沖縄県との関係修復をはかることが目的のようだった。

 だが、今月下旬のオバマ米大統領との首脳会談前のパフォーマンスだったように思える。

 安倍首相は「まずは3年の間に、失われた国と沖縄県との信頼関係を再構築することから始めたい、その思いで来た」と説明。

 仲井真氏は「一日も早く、なるべく県外に出してほしい」と、従来説を述べた。

 オバマとの日米首脳会談では、普天間飛行場の県内移設(06年に日米合意の辺野古移設)の進展度の説明が求められるかもしれないため、沖縄県にアメ玉を用意した。

 「沖縄の基地負担軽減に力を尽くしていく」(安倍首相)との考えで、沖縄県に、沖縄振興費名目の来年度予算案で満額の3001億円を支出することにしている。

 アメ玉政策を提示し、それの反応を探ろうというわけだ。

 これは、経済支援と引き替えに基地負担を押し付けるという、従来からの古い手法である。

 日米両政府合意の辺野古移設案とは、沖縄県民の声を無視した日米間の着地点にしか過ぎず、政府間「合意」を沖縄に強いるものだ。

 辺野古への移設を強行すれば、それは米国との約束を実行したにしか過ぎず、沖縄県民及び日本国民の意思と向き合った結果ではない。

 安倍首相は「普天間の固定化はあってはならない」と言いつつ、「米国との合意の中で進めていきたい」と、矛盾したことを言っている。

 固定化はあってはならないとは、辺野古移設のことを言っているのだろう。

 辺野古移設は米国との約束を守ることだけで、沖縄県民の気持ちを踏みにじる行為になる。米政権の意向を実行するために、わずかな「アメ玉」を用意して、沖縄を黙らせるつもりなのか。

 首相との会談に同席していた沖縄県の幹部は「アメとムチは時代遅れだ」と、安倍政権の姿勢を批判している。

 また、安倍首相は、鳩山由紀夫・元民主党代表が「県外移設発言」(09年)に端を発し、日米関係が迷走したことを反面教師だと言って、問題解決に沖縄県民の声を押さえ込むためのアメ玉政策に、腐心しているようにみえる。

 当時の鳩山氏の発言は、突飛ではあったが日本人としてまともな感覚だった。

 何より、沖縄県民の声を代弁しており、自主日本の意志を示していたからだ。

 そうであったからこそ、米国の黒い力が民主党政権内部を揺さぶり、短命政権にした。

 「国外、最低でも県外移設」発言は、今でも正しいと思うし、それが日本国家の姿勢でなければならない。

 日本はまだ、沖縄県を含む列島内に米軍基地をかかえ、基地外でも米軍が自由に行動を許している。

 日本は果たして独立国なのだろうか。

 米国におもねり、防衛費を増額したり、在日米軍への「思いやり」予算を気遣う第2次安倍政権に対して、米国への自主外交を望むことは、無理なのかもしれない。

 とはいえ、2月下旬に予定されている日米首脳会談では、自身も聞いたはずの「沖縄の声」を、しっかりとオバマ大統領に伝えることを要望する。

 それでこそ日本国家の総理大臣だと、言えるからである。


                                        2013年2月3日 記

「人質事件、実名報道をめぐって」

「人質事件、実名報道をめぐって」

                                               名田隆司


 
 アルジェリア人質事件での被害者名公表の当否について、メディア内ではまだ論争が続いている。

 当否論争そのものではなく、今のメディアのありようについて、少し考えてみたい。

 アルジェリア事件で、10名の方々が亡くなられたことは痛ましい。

 遺族の方々やプラント大手「日揮」側にも、哀悼を申し上げる。

 その被害者が多数であったことと、同一現場で生存者と死亡者が明暗を分けたことに加え、まだ現場に数名の方が居られたことなどを配慮して、日揮側が実名の公表を拒んだ。

 安倍政権側もそれに従って、人数だけを伝えていた。

 さて、マスメディア側はどうであったのか。

 各社とも、日揮と政府側の意向に「素直」に従って、実名公表を控えていた。

 いわゆるメディアスクラムというやつで、横並び意識が働いたのだろう。

 どの社も最後まで歩調を合わせていた。

 ここで2つのことが気になった。

 1つは、政府や公権力側に簡単に同調してしまう体質がみえてしまったことである。

 権力側に弱いマスメディアだということである。

 こうしたことは、戦前のジャーナリズムのあり方から、反省してきたはずであるのに、近年、政府機関紙化、官庁宣伝媒体化していることが多く見られる。

 今回の実名不公表は、そうした体質からきているのではなかろうか。

 日揮側が拒んだからというより、政府側が日揮に同調して、最後まで実名を伏せたことで、政府の姿勢に従ったとみる方が正しいと思う。

 もう一つは、常にメディアスクラムに陥ってしまう、ジャーナリズム性を喪失した主体性と責任感のなさのことを指摘しておきたい。

 報道するもしないも、どのメディアも、どの社もみごとなまでに同一歩調をとっている。

 その結果、国民には知らされないこともあり、逆に同じことを洪水のように流されて閉口させられているマスメディアへの幻滅感。

 マスメディア界には、権力側に弱いのとスクラム化を指摘し、是正することを要求する。

 一つの事例として、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)報道で考えてみたい。

 北朝鮮情報の90%以上は、各社とも平壌に駐在員を置いていないため、東京・ワシントン・ソウルまたは北京発になっている。

 日本・米国・韓国とも、北朝鮮とは敵対関係にあるから、そこから出てくる情報のほとんどは、帝国主義的なバイアスがかかっていると考えてよい。

 敵を利する情報よりは、揶揄する情報を流し続けて、社会主義体制にマイナス・イメージを与えようとしているからである。

 公権力の情報コントロールに弱いのと、スクラム化しているマスメディアからの北朝鮮情報は、帝国主義体制にとって都合のよい内容が、一方的に洪水の如く伝えられる。

 私たちは、このようなマスメディア情報によって、北朝鮮知識をコントロールされているのだ。

 脅威論を煽られれば「北朝鮮脅威」となり、拉致問題を含む人権問題を煽られれば、「不可知の国」といイメージするが如く、感情までがコントロールされている。

 北朝鮮関連報道からみえてくるマスメディアの姿は、体制擁護になっていると知るべきだ。


                                        2013年2月4日 記

「韓国の人工衛星打ち上げ」

「韓国の人工衛星打ち上げ」

                                          名田隆司


 韓国が、初の宇宙観測用の人工衛星搭載ロケット「羅老号」を1月30日午後4時に打ち上げ、成功したと発表した。

 過去、2度の失敗を経て3度目に打ち上げた羅老号は、ロシアとの共同開発で、朝鮮民主主義人民共和国(以下、共和国)に次いで、世界で11カ国目の打ち上げ国となった。

 共和国側が独自開発であったのと比べれば、ロシアとの共同開発であった点で、韓国製人工衛星の打ち上げは、あと数年待たなければならないとしている。

 この件に関して、2点だけ問題提起しておきたい。

 1点目は、マスメディア側の対応について。

 どの国も、人工衛星打ち上げには、その推進ロケットとして、長距離弾道ミサイルに乗せて発射される。

 共和国が昨年12月12日に打ち上げて成功したとき、マスメディアはどのように報道したのか。

 「事実上の長距離弾道ミサイルの発射」とか「人工衛星と称する長距離弾道ミサイル」だと、ミサイル発射を強調表現して、危機や脅威論を煽っていた。

 今回の韓国の場合はどうなのだろうか。

 「韓国初の人工衛星ロケット」、または「人工衛星搭載ロケット」だとして、素直に人工衛星だったとしている。

 そこには、危機を煽る表現はなく、むしろ、初の人工衛星打ち上げ成功を讃えていた。

 同じ現象を表現するのに、共和国の場合は「ミサイル」であり、韓国の場合は「ロケット、または人工衛星」としている。事実と真実を伝えるはずのマスメディアが、わずか1ヶ月余の時間で、全く違った角度からの表現を使用しているのは、何故なのか。

 そこには恣意的表現以上に、ある権力に迎合する姿勢からくる「危険」なものを感じている。

 2点目は、日本と米国政権の態度である。

 両国とも、共和国が打ち上げを示唆して以後、人工衛星を長距離弾道ミサイルの発射だと言い替えて、共和国には打ち上げ中止要求と、他国には脅威論をふりまいてきた。

 実際に共和国が打ち上げた後は、制裁論を喧伝し、安保理決議で「制裁」(1月22日)した。

 人工衛星打ち上げの問題を、安保理で制裁論議すること自体おかしなことで、まして共和国の場合だけそのような対象にすることは、もっと奇異なことだ。

 国連憲章にも逸脱した行為である。

 今回の韓国の人工衛星打ち上げに対する日米両政府は、脅威論も言わず、安保理へも提訴していない。

 このような日米の対応こそ、共和国に今後とも核実験とミサイル打ち上げを容認する態度なのである。


                                        2013年2月1日 記
プロフィール

takasi1936

Author:takasi1936
愛媛現代朝鮮問題研究所のブログです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR