「第6報 4年ぶりの日朝政府間交渉の行方」
「第6報 4年ぶりの日朝政府間交渉の行方」
名田隆司
第46回衆議院選は12月16日、投開票され、自民党が単独で衆院(定数480人)の過半数以上の294議席を獲得して、政権奪還を果たした。
翌日の各メディアは、自民党圧勝との文字とともに、破顔大写しの安倍晋三氏を露出させていて、早くも、首相再登板の雰囲気を出していた。
安倍晋三氏は選挙期間中から、憲法改正、国軍の創設、日米安保重視など、右寄りの勇ましい事柄を主張していたから、実際に、安倍政権が成立したりすると、対東アジア政策や対北朝鮮政策をどうするのかが、特に心配になる。
対北朝鮮政策で言えば、当面、野田政権がやり残した2つの課題を、消化する必要がある。
一つは、北朝鮮が12日に打ち上げた人工衛星を長距離弾道ミサイルだとの理由を付けて、しかも米国のお先棒を担ぎ、国連安保理に制裁決議を提起している問題である。
選挙中から米国との関係重視を主張していた安倍氏であったから、安保理での北朝鮮制裁決議行動は、野田政権時よりも、もっと厳しく積極的になる可能性が十分に伺える。
そうした行動の結果は、米国からの褒美が与えられても、北朝鮮からは厳しい非難が返ってくるだろう。
二つ目は、4年ぶりに開かれた日朝政府間協議・局長級協議を、「延期」にしてしまった問題である。
民主党から自民党に政権が交代するからといって、外交問題に切れ目や変更があってはいけない。
とすると、安倍新政権は、局長級協議の「延期」問題の再考から、日朝関係を検討しなければならないことになる。
協議を再開させるのか、延期のままにして様子を見るのか、完全に中止にしてしまうのか--これは、同時期の国連安保理制裁決議の進行と関連があり、今後の朝鮮問題をどのようにしていくのかという、これが安倍政権最初のリトマス試験紙となるだろう。
だが、問題はそう単純でもないし、拉致被害者家族会メンバーの意識にも変化が見られる。
局長級協議が「延期」になったことに恨み節を述べていたし、選挙戦中に各党とも拉致問題対策に、ほとんど関心を示してこなかったことに、不満を漏らしていた。自民党の安倍氏が「完全解決-全員の帰国」をと、かつての抽象的な言説を繰り返していたことにさえ、焦燥感を語るようになっていた。
安倍晋三氏が06年9月に政権の座に就いたときの状況と、現在では家族会側の意識は大きく変化している。
安倍氏は02年9月に小泉純一郎首相(当時)に随行して訪朝し、北朝鮮に対し拉致問題解決に強硬態度を取り、被害者から頼られ、注目される存在となった。
その後、「拉致」人気を維持したまま、サプライズ人事で自民党幹事長(03年9月)、第3次小泉政権の官房長官(05年10月)となり、06年9月に首相へと登りつめた安倍晋三氏。
首相就任後も、拉致関連合唱団(家族会、支える会、特定失踪者調査会、議員連盟など)からの声に支えられて、彼らの同一歩調で、北朝鮮への圧力、制裁、無視のボルテージを上げてきた。
そのような声援をバックにした安倍晋三氏は、首相就任直後の所信表明演説で「拉致問題の解決なくして、北朝鮮との国交正常化はありえない」と、拉致問題を語っていた。
家族会の人たちも、この時の彼の言説を頼もしく感じていたのではなかろうか。
しかし私はその時から、北朝鮮への制裁と圧力だけを強化して、交渉の窓口を自らで閉じた政策で、果たして解決への前進がはかられるのかと危惧していた。
それよりも、「拉致問題の解決をはかる」との政治的言語だけを叫ぶ安倍晋三氏と家族会側のエール交換を不思議に考えていた。
当時の日本社会は、家族会の悲痛な声のため、国内の誰もが、安倍政権とそれを取り巻く関係者(マスメディア)たちの強硬一辺倒姿勢に、異論を出せなかった現実があった。
だが、家族会側の意識は、06年当時からのままではない。
例えば、今回の衆院選後に取材を受けた彼らの言葉を聞いてみるといい。
「ミサイル発射で制裁すれば、その期間は拉致問題の交渉が難しくなる。両者を切り離し、日本側から協議再開を早く呼び掛けてほしい」(横田滋氏)
「制裁も必要だが、対話もしないと解決しない」(横田早紀江さん)
「私たちは協議でつながりさえすれば良い。ミサイル問題での制裁は政府が判断して決めることだ」(飯塚繁雄氏)
--彼らの声から、4年ぶりに再開された日朝政府間協議を肯定的に受け止めていることが分かる。
その結果、従来のように政治的テーマと重ね合わせ、北朝鮮憎しで、何が何でも制裁と圧力強化を主張しているのではなく、彼らなりの現実を見つめていこうとしているように思える。
以上のような家族会の意識変化を理解しないまま、従前と同じ強硬一辺倒では、北朝鮮との関係だけではなく、家族会とも不味い関係になってしまうだろう。
安倍政権にとって、朝鮮半島関係最初のテキストが、国連安保理での北朝鮮制裁をめぐる対応になる。
米国の意向を忠実に実行しようとして、積極的に動いて制裁決議を成立させたり、日本独自の制裁を実施するようなことがあれば、北朝鮮からの反発は必死となる。
そうなれば、日朝政府間協議の「延期」措置が、限りなく「中止」の方向へと向かっていくだろう。--どちらにしろ、安倍政権の政治姿勢にかかっている。
仮に、協議再開へと動かすことになったら、安倍政権の評価は上がるだろう。
その反対に中止へと向かうことになったら、拉致問題の解決ばかりか、日朝間の「諸懸案」問題の解決までもが、遠ざかってしまう。
拉致被害者家族たちも、さらに置き去りにされてしまう。
「拉致問題の完全解決」をと、勇ましいことを繰り返す安倍氏の言葉は、結局は、政治的言語でしかなく、虚実でしかなかったことになる。
彼の政治責任は、限りなく大きい。
北朝鮮が12日午前、人工衛星を打ち上げたことに対する記者会見で安倍氏は、「北朝鮮には独自の制裁を科すという国家意思を示すべきだ」と、選挙と野田政権を意識しての強硬発言をしていた。
これが、安倍晋三氏の本音なのだろう。
だとしたら、今後の対北朝鮮政策を危惧する。
また、安倍晋三氏を語るとき、拉致問題に早くから「熱心に取り組んできた」とする「評価」があるけれども、それを肯定的に使用することには疑問を感じる。
彼は、拉致問題について、何ほど解決策も示してこなかったのだから。
2012年12月18日 記
名田隆司
第46回衆議院選は12月16日、投開票され、自民党が単独で衆院(定数480人)の過半数以上の294議席を獲得して、政権奪還を果たした。
翌日の各メディアは、自民党圧勝との文字とともに、破顔大写しの安倍晋三氏を露出させていて、早くも、首相再登板の雰囲気を出していた。
安倍晋三氏は選挙期間中から、憲法改正、国軍の創設、日米安保重視など、右寄りの勇ましい事柄を主張していたから、実際に、安倍政権が成立したりすると、対東アジア政策や対北朝鮮政策をどうするのかが、特に心配になる。
対北朝鮮政策で言えば、当面、野田政権がやり残した2つの課題を、消化する必要がある。
一つは、北朝鮮が12日に打ち上げた人工衛星を長距離弾道ミサイルだとの理由を付けて、しかも米国のお先棒を担ぎ、国連安保理に制裁決議を提起している問題である。
選挙中から米国との関係重視を主張していた安倍氏であったから、安保理での北朝鮮制裁決議行動は、野田政権時よりも、もっと厳しく積極的になる可能性が十分に伺える。
そうした行動の結果は、米国からの褒美が与えられても、北朝鮮からは厳しい非難が返ってくるだろう。
二つ目は、4年ぶりに開かれた日朝政府間協議・局長級協議を、「延期」にしてしまった問題である。
民主党から自民党に政権が交代するからといって、外交問題に切れ目や変更があってはいけない。
とすると、安倍新政権は、局長級協議の「延期」問題の再考から、日朝関係を検討しなければならないことになる。
協議を再開させるのか、延期のままにして様子を見るのか、完全に中止にしてしまうのか--これは、同時期の国連安保理制裁決議の進行と関連があり、今後の朝鮮問題をどのようにしていくのかという、これが安倍政権最初のリトマス試験紙となるだろう。
だが、問題はそう単純でもないし、拉致被害者家族会メンバーの意識にも変化が見られる。
局長級協議が「延期」になったことに恨み節を述べていたし、選挙戦中に各党とも拉致問題対策に、ほとんど関心を示してこなかったことに、不満を漏らしていた。自民党の安倍氏が「完全解決-全員の帰国」をと、かつての抽象的な言説を繰り返していたことにさえ、焦燥感を語るようになっていた。
安倍晋三氏が06年9月に政権の座に就いたときの状況と、現在では家族会側の意識は大きく変化している。
安倍氏は02年9月に小泉純一郎首相(当時)に随行して訪朝し、北朝鮮に対し拉致問題解決に強硬態度を取り、被害者から頼られ、注目される存在となった。
その後、「拉致」人気を維持したまま、サプライズ人事で自民党幹事長(03年9月)、第3次小泉政権の官房長官(05年10月)となり、06年9月に首相へと登りつめた安倍晋三氏。
首相就任後も、拉致関連合唱団(家族会、支える会、特定失踪者調査会、議員連盟など)からの声に支えられて、彼らの同一歩調で、北朝鮮への圧力、制裁、無視のボルテージを上げてきた。
そのような声援をバックにした安倍晋三氏は、首相就任直後の所信表明演説で「拉致問題の解決なくして、北朝鮮との国交正常化はありえない」と、拉致問題を語っていた。
家族会の人たちも、この時の彼の言説を頼もしく感じていたのではなかろうか。
しかし私はその時から、北朝鮮への制裁と圧力だけを強化して、交渉の窓口を自らで閉じた政策で、果たして解決への前進がはかられるのかと危惧していた。
それよりも、「拉致問題の解決をはかる」との政治的言語だけを叫ぶ安倍晋三氏と家族会側のエール交換を不思議に考えていた。
当時の日本社会は、家族会の悲痛な声のため、国内の誰もが、安倍政権とそれを取り巻く関係者(マスメディア)たちの強硬一辺倒姿勢に、異論を出せなかった現実があった。
だが、家族会側の意識は、06年当時からのままではない。
例えば、今回の衆院選後に取材を受けた彼らの言葉を聞いてみるといい。
「ミサイル発射で制裁すれば、その期間は拉致問題の交渉が難しくなる。両者を切り離し、日本側から協議再開を早く呼び掛けてほしい」(横田滋氏)
「制裁も必要だが、対話もしないと解決しない」(横田早紀江さん)
「私たちは協議でつながりさえすれば良い。ミサイル問題での制裁は政府が判断して決めることだ」(飯塚繁雄氏)
--彼らの声から、4年ぶりに再開された日朝政府間協議を肯定的に受け止めていることが分かる。
その結果、従来のように政治的テーマと重ね合わせ、北朝鮮憎しで、何が何でも制裁と圧力強化を主張しているのではなく、彼らなりの現実を見つめていこうとしているように思える。
以上のような家族会の意識変化を理解しないまま、従前と同じ強硬一辺倒では、北朝鮮との関係だけではなく、家族会とも不味い関係になってしまうだろう。
安倍政権にとって、朝鮮半島関係最初のテキストが、国連安保理での北朝鮮制裁をめぐる対応になる。
米国の意向を忠実に実行しようとして、積極的に動いて制裁決議を成立させたり、日本独自の制裁を実施するようなことがあれば、北朝鮮からの反発は必死となる。
そうなれば、日朝政府間協議の「延期」措置が、限りなく「中止」の方向へと向かっていくだろう。--どちらにしろ、安倍政権の政治姿勢にかかっている。
仮に、協議再開へと動かすことになったら、安倍政権の評価は上がるだろう。
その反対に中止へと向かうことになったら、拉致問題の解決ばかりか、日朝間の「諸懸案」問題の解決までもが、遠ざかってしまう。
拉致被害者家族たちも、さらに置き去りにされてしまう。
「拉致問題の完全解決」をと、勇ましいことを繰り返す安倍氏の言葉は、結局は、政治的言語でしかなく、虚実でしかなかったことになる。
彼の政治責任は、限りなく大きい。
北朝鮮が12日午前、人工衛星を打ち上げたことに対する記者会見で安倍氏は、「北朝鮮には独自の制裁を科すという国家意思を示すべきだ」と、選挙と野田政権を意識しての強硬発言をしていた。
これが、安倍晋三氏の本音なのだろう。
だとしたら、今後の対北朝鮮政策を危惧する。
また、安倍晋三氏を語るとき、拉致問題に早くから「熱心に取り組んできた」とする「評価」があるけれども、それを肯定的に使用することには疑問を感じる。
彼は、拉致問題について、何ほど解決策も示してこなかったのだから。
2012年12月18日 記
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